歯科医師のラヴィアンローズを考えよう
~大安に1回/月発信~
正確には覚えていませんが、定期的に訪れてきた医院から数回の訪問に留まった医院まで含めると、今までにおよそ500人の院長と話をしてきました。この間の院長との会話、その時々の表情や仕草を思い出しながら、デスクトップの“整理箱”と名付けたファイルに思い考えたことをツラツラと書き溜めてきました。
その中の一文を知己の編集者に見せたところ、「ぜひ出版を」という運びになり一端はOKしたのですが、いつの間にか本のタイトルは出版社がつける流れに。「まあ、いいかな」と思い、出版社から提示されたタイトルの候補を見ると、赤面しそうな自己啓発系タイトルのオンパレード、編集者曰く「これが歯医者さんには売れるタイトルです」とのこと。しかし、どうせ売れても7千部程度で、その10%程度の印税のために、小恥ずかしいタイトルの横に自分の名前を曝すほど厚顔にはなれない。“第一、本を読んで問い合わせてくる歯科医師へ対応する時間もとれそうにもない”と、もっともらしい言い訳で詫びを入れて出版は見送ることに。
そんなこんなでweb上で、思うがまま自由に自分の責任の下、歯科医師に語りかけるような読み物を発信したい。それもコラムのように1編で完結するのではなく、暇な時にでも読み続けてもらい、最後にはある程度体系的な読み物と感じてもらえれば「良いな」と思い、Web Reviewを始めることにしました。しかし、考えついたタイトルが「歯科医師のラヴィアンローズを考えよう」ですから、出版社のタイトルにいちゃもんをつける筋ではありませんが、歯科医師に「おもしろくてためになる」ちょっと気になる雑文を届けたいという思いを込めました。
歯科医師が、とんと忘れてしまった“バラ色の人生”を思い出してくれたら「良いな」と思って、これから連載を始めていきます。
伊藤日出男の歯科私論
「歯科医師のラヴィアンローズを考えよう」連載目次
- 2019.03.28
“自院の「強み」「弱み」を客観的に見直し、競争に生き残る方法を探る” - 2019.02.27
“現状と未来を見通して経営環境変化への対応を考える” - 2018.12.25
“歯科医院の働き方改革
~国の「働き方改革」を確認して自院の取り組みと照らし合わせる~ “
次回掲載予告
“業務の再設計なくして働き方改革はできない” - 2018.11.27
“リーダーとしての歯科院長の仕事とは4
~スタッフの感情を動かす目標を考え抜く~ “ - 2018.10.29
“リーダーとしての歯科院長の仕事とは3
~本来の院長の仕事とは「考えること」そして「決断すること」~
~マニュアルは仕事をする喜びを体験させるためにある~ “ - 2018.09.25
“リーダーとしての歯科院長の仕事とは3
~長時間労働は歯科医院を衰退させる~” - 2018.08.27
“リーダーとしての歯科院長の仕事とは3
~スタッフに働く「型」を求めよう~” - 2018.05.28
“リーダーとしての歯科院長の仕事とは2
~決断する前に現実把握はできているのか~” - 2018.05.16
“リーダーとしての歯科院長の仕事とは2
~院長からリーダーになる幸せとは~” - 2018.03.26
“リーダーとしての歯科院長の仕事とは2
~院長はビジョンを示せ~” - 2018.02.27
“リーダーとしての歯科院長の仕事とは2
~院長に求められる自己認識と社会認識~” - 2018.01.11
“リーダーとしての歯科院長の仕事とは2” - 2017.11.27
“リーダーとしての歯科院長の仕事とは1” - 2017.11.20
“生活者の関心を引き出すのは医院、高めるのはスタッフ” - 2017.10.30
“スタッフ任せでは、再診・メインテナンス率は上がらない” - 2017.10.17
“2年間戦略で「患者未来価値」をつかまえる” - 2017.09.29
“歯科医院の接客を考える” - 2017.09.19
“歯科医院の戦略は何故実行できないのか” - 2017.08.21
“歯科医院の13%のムダを取る” - 2017.08.03
“停滞から上昇へのステップ”
“「うちの患者さん」を連発する院長は衰退予備軍” - 2017.07.18
“低成長時代に歯科医院が備えること”
旧来の「ユニクロ的歯科医師」からの脱出
- 本家は変わりつつあるのに…旧態依然のユニクロ的歯科医師
- インナー的自費治療でなくアウターとしての自費治療
- 体力勝負の自費治療からの初歩的な脱出法
看板を変えると患者も変わる!?
- ファストフード店の看板の変化が内包する意味
- 「小さな幸せ」信奉者は自費治療予備軍
- 看板とファサードを見直す時期がきている
- 看板やファサードはどう変えればいいのか?
悲劇な広告にならないために
- 短期で集患の成果を求めるならば
- レスポンス広告とブランド広告の違いとは?
- 広告をマネジメントする
- 一発勝負的な広告と訣別
広報体質な歯科医院になろう
- 広報は医院戦略を推進する
- 患者は「健康と美」への投資家
- 生活者の信頼獲得を目指す
- それぞれの医院の事情に即した広報年間計画を
低成長時代に歯科医院が備えること【2017.07.18】
リーマンショック(2008年)後に歯科医院の売り上げがはかばかしくなくなったというような話をよく耳にしたのは、2010年頃のことでした。ところが、医療費総額の統計上はそんなことはまったくなく、1995年頃から2010年度まで、歯科医療費はずっと2.5兆円前後で推移していました。
さらに2011年度から2016年度までの医療費総額をみても、歯科はほぼ2.6兆円から2.7兆円で推移しており、医療費総額が初めて40兆円に達した2014年度のみ、歯科も2.8兆円に微増しています。医科も歯科も横ばい状態であり、医療費でいちばん伸びているのは調剤関係です。
リーマンショック後の長期にわたる景気低迷のあおりを受けて、歯科でいちばん伸び悩んでいるのは、実は自費診療の部分、つまり一部の自費診療主体の医院です。後述するように、景気低迷の煽りは家計医療費に占める歯科医療費を圧迫します。高額な自費診療ほど影響を受けやすいのです。
歯科医院経営の全般的な低調の主因は、そのようなマクロ経済の問題より、むしろ人口構造の変化や、それに伴って顕在化してきた歯科医院数と患者数との需給関係のアンバランスにあります。
端的には患者数が減少化を辿っているのに、歯科医院数(歯科医師数)は増加し続けている。これでは需給バランスが崩れるのも無理はありません。
少子高齢化や人口減少化などが既定の事実として進捗していく限り、この全般的な状況が今後も元に戻ることはないでしょう。
経済的な意味だけでなく、歯科界は構造的な意味合いにおいて、半永久的な低成長時代に入っていると言えます。
人口構造の問題に加え、予防歯科の浸透効果などによって、ご承知の通り日本人の齲蝕の数は激減しています。この20年間で、1人当たりの齲蝕本数は4分の1になりました。特に子どもの齲蝕数は急減しており、12歳児の1人当たり平均の齲蝕本数は、1989年の4.30本から25年後の2013年には1.05本へと減り、2016年には1本を切り0.84本にまで減っています。
ただでさえ子どもたちの齲蝕本数が減少化しているうえに、少子化で子どもの人数が着々と減少化しているのですから、構造的な問題の深刻度は増すばかりです。
こうした低成長時代が基調となっている時代の歯科医院経営の要諦は、まず守りを固めることにあると言えます。いかに運営基盤をしっかりしたものにしていくか。「攻め」への転換は、この守備体制の構築がなされた後に初めて可能になります。ボクシングやサッカーなどでいうカウンター戦法、これに徹することが基本なのです。
少し話が先走り過ぎてしまいました。とにかく現状の歯科経営環境は、マクロ経済よりも人口構造の変化に影響される運命にあるということ。現代の歯科院長はこのことについての認識を、まず改めて噛みしめるべきです。
人口構造の変化を端的に物語る近年の事例としては、2006年あたりから始まった団塊世代の大量定年問題がありました。
終戦の翌年(1946年)から3年間続いたベビーブームの時期に誕生した約800万人が、2006年から2009年にかけて一斉に定年を迎える年齢となったわけです。ベビーブーマーたちのなかでも1949年生まれの人口が最も多かった(約270万人)ため、49年生まれの人々が60歳を迎えた2007年に因んで、団塊世代の大量定年は別名「2007年問題」とも言われました。
いずれにせよ彼らは今(2017年)、全員が68~70歳になっています。ただでさえ高齢化が進んでいたのに、ここ数年で65歳以上の高齢者が加速度的に増えたわけです。
人口構造の変化に即して言えば、この団塊世代のライフステージが歯科医院経営に大きな影響を与えてきた事実は見逃せません。
団塊世代の大学進学や就職に伴い、首都圏や大阪圏の人口が増加するに従って歯科医院が増え、次に団塊世代ジュニア(1971年~1974年生まれの世代)が誕生したことにより、大都市近郊で空前絶後の住宅需要が高まりました。同時に、大都市圏から30キロ内外の鉄道沿線に住宅が増え、歯科医院の開業が集中しました。
増え続ける「需要」に対応するため、国は大学の歯学部をどんどん増やしていき、その「水増し」がたたったのか、卒業生の半分近くが国家試験に落ちるという体たらくな歯学部の存在も珍しくない時代が訪れました。
こうした歯科界の現状が置き去りにされたまま、前述したような人口の構造的問題が現出してきたため、需給関係のアンバランスの進捗は加速度的になりました。1960年代に3万人台だった歯科医師数は10万人以上に膨れ上がり、歯科医院数が7万件近くになった2013以降、例の「コンビニより数が多い歯科医院」という揶揄が誕生することになったのは、ご承知の通りです。
当然のごとく生じた過当競争の煽りで、毎年1000軒以上の歯科医院の廃業がここ数年は常態となり、2016年度には開業歯科医院数は減少に転じました。その「愚」にようやく気付いた(?)国は重い腰を上げ、大学歯学部の定員の見直しや、高齢者が対象の訪問診療の診療報酬の上昇、かかりつけ歯科医強化型診療所の施作、補助金の助成などの「歯科医院への支援」の強化が開始、検討されはじめています。
65歳以上の高齢者が増え続けている現状は、医療費だけでなく、さまざまな局面に影響を与えています。
例えば団塊世代の大量定年時代となった2006年~2010年にかけての5年間には、推計400万人以上もの労働人口が減少したとされています。団塊世代の抜けたこの穴は、今も補充が追いつかず、さまざまな業界に労働力不足を招いています。
商業施設、住宅、土地、そしてオフィスの過剰供給と空洞化は前もって予測されていましたが、それはほぼその通りになりました。首都圏では、かつて急成長を続けていたベイエリアオフィスでの歯科医院経営が、これに伴った歯科医院の供給過剰と就業者数の減少化のダブルパンチに見舞われるハメになりました。
繰り返しになりますが、これら諸々の動向は、景気の波がつくりだしたものではなく、人口動向の波がもたらしたものでした。具体的な事実に即して、客観的かつ正確に状況を捉え直すことから、医院マーケティングを俯瞰するための合理的な見方が出てくるということ。是非とも肝に銘じていただきたいと思います。
テーマを家計医療費傾向から見る歯科界の現況における「低調からの脱出方法」に移すと、これはまったく話になりません。近年よく耳にする自費率向上対策をいたずらに実施しても、対象となるパイが小さく、すぐに限界がきてしまうことが、家計医療費の推移からも見てとれます。
歯科の年間家計支出はこの21世紀に入ってからの15年間、1万5千円前後でほとんど変化がありませんでした。それに対して医科の外来は約2万9千円から約4万円以上へと大きく伸びています。
これは高齢化の影響も反映してのことと推察できますが、医科は景気動向(人口構造の変化による)の影響をあまり受けないものの、特に歯科の自費診療は前述のように、景気の影響を受けやすいサービスと言うことができます。これは支出弾力性を見るとさらに明らかになります。
家計支出が1%増え、対象品目(例えば歯科)の支出が1%以上増えた場合は贅沢財と考えられます。歯科の場合は1%家計支出が増えると1.25%支出が増えます。
さらに年間収入360万以下の世帯の歯科診療代約10,200円に対して、890万以上の世帯のそれは約21,900円です。所得層によって2.1倍の開きがあり、大都市圏ではこの格差はさらに大きくなります。
このことからも歯科界のトレンド「自費誘導」は、年収900万円以上の約15%の人口に対してのアプロ―チが主流になっているため、極めてパイの小さい市場への試みになってしまっていると言えます。したがって、歯科医院におけるCT導入等の高額投資効果は、極めて限定的になると考えられます。
それよりは発想を変えて、年収500~900万円の中流世帯を取り込むことが、これからの歯科医院マーケティングのセオリーになるのではないでしょうか。これには、中流世帯には医療費への支出余力が低いため、健康経営に代表される企業の福利厚生費の歯科への助成金など、厚労省以外の民間企業の支援が必要になってくるはずです。
年間医業収入1億円以上の歯科医院は、売上を約7%伸ばしているという統計があります。それに対し、年間医業収入5千万円以下の歯科医院の売上は、ジリ貧気味になりつつあるという事実からもわかるように、歯科医院の成長へのステップは、守りから入ることが必要です。そのためには、以下のようなプロセスを踏むことが肝要になってきます。
- プロセス①
- まず財務基盤を守る。信用市場(金融機関)からの融資が前提になる歯科はキャッシュフローを円滑にすることが、スケールアップには必須です。また、現在積極的にできることは、金融機関の金余り現象を鑑みて借り換えを行い、金利負担を少なくすることは十分に可能です。
- プロセス②
- 経営基盤を守る。スタッフの雇用基盤を確立させ、スタッフを成長させる施作を練ることです。これには厚労省の雇用関係助成金など歯科でも利用できる制度を利用することで、中小企業診断士等のアドバイスも受けられ、それが歯科のコンサルタントのアドバイスより的確な場合が多々あります。まずは院長がマネジメントを考える時間をつくります。
- プロセス③
- 売上を守る。新規開業以外の歯科医院は既存患者の抱え込みだけに注力することです。このことが自ずと自費の掘り起こしへの転換となります。
- プロセス④
- 医療技術への投資を増やして、自費率の向上を目指します。医療技術の投資とは、自院スタッフの技術力向上とともに専門医や他科との連携を意味します。
- プロセス⑤
- 生活者の消費行動や人口構造の変化を察知し、その流れを利用するような戦略を立てます。それには院長を含めたスタッフの平均年齢、そして自院の患者年齢層と地域の人口動態のズレを把握することが基本になります。
- プロセス⑥
- マーケティングと広告環境を活用して、自院の強みを発信するとともに、未来図を構築していきます。決して商業的にならずに医療機関としての広報に徹することです。
- プロセス⑦
- 未来図に沿いながら、自院と競合するクラスの歯科と向かい合い(ターゲットを明確にし)、自院の強みを生かして戦います。などでもできることが強みと思い、自院が駅前食堂化していないか省みることが大切です。
- プロセス⑧
- これまでの流れで得た経験を基に、自院のビジネスモデルを確立していきます。
ここで特に注目すべきなのは、⑥と⑧のステップです。
⑥のステップにある広告については、景気が冷え込んでいる現在、従来では歯科の規模では手が出なかった広告媒体にも低コストで進出できるという利点が生まれています。そうした状況を活用して広告を出すことにより、自院のコンセプトがより明確になります。
参考事例は日本歯科医師会が行っている3大新聞への広告掲載です。歯科医院規模でしたら、地方紙や各団体タブロイドを媒体が対象になります。
⑧のビジネスモデルで代表的なのは、業界では評判の悪い「10万円インプラント」です。技術的な問題や10万円の値付けの可否は別として、価格引き下げによって経営の規律が引き締まり、曖昧だったインプラントの価値提案が明確になったという事実は否定できません。
そのような意味では確かに新たなビジネスモデルにはなったものの、「10万円インプラント」にはカンフル剤的な効果はあっても、永続性を感じることはできません。
歯科界には今後、「10万円インプラント」を超える、人口構造の変化に柔軟に対応しながら自らも成長を続けられるような、新たな価値の提案が求められていると言えます。
停滞から上昇へのステップ【2017.08.03】
この数年、開業して20年超の歯科医師の相談を受ける機会が多くなりました。相談に来る歯科医師の多くは、自院の状況を語るのに「以前はレセ枚数が●○枚あった」、「1日の患者数は●○人あった」といった話に終始しがちです。
そうした話を聞いていてわかってくることは、患者が来ているからいい、経営が回っているから今の診療体制を変える必要はないという思い込みが結果的に経営の硬直化を招き、何も考えない状態での医院経営を続けてしまうという実態です。
その間に当該の歯科医師の情報源はといえば、出入りの材料店やメーカー、歯科医師会などの身内情報ばかりという例が多いようです。
こうした「マーケット(客観的視点)不在の心地良い身内情報」は、経営者である歯科医師を思考停止にしてしまうものです。
医院経営の不調は、歯周病の進行過程とまったく同じで、気づいた時はかなりハードな状況になっています。
思考停止状態だった院長がそうした状況に色めき立つと、往々にして「にわか仕立て」(泥縄式)の来院促進活動や、将来を見越した戦略性を伴わない(現実に即さない)マーケティングのテクニックに走り、これだけやったのだから患者が増えるのではないかと、自己満足的に期待してしまうようになりがちです。
それでも患者が増えないと、今度は自費率向上セミナーへの依存がはじまります。
自院の足元を見つめることなく、つまり、自院の強みも弱みも正確にわからないままに(知ろうともしないままに)、こうしたアリ地獄のような負のスパイラルにはまっていってしまうのが、停滞している医院の全体的に見られる傾向です。
結論から先に申し上げますと、自費率向上路線は「激安インプラント路線」よりも医院経営を向上させます。
しかし、自費率向上路線のそもそもの間違いは、本質不在でエアラインのビジネスマナーを学んだり、生命保険のオバサンの手法を学んだりして、それで自費への誘導が簡単にできてしまうと考えられがちなところにあります。
現在来院してくれている患者は、なぜ自院に来院しているのだろうか? その患者個人の問題をどう解決すればいいのか? これらの命題を真剣に考え抜く習慣を自らに植え付け、解決のための努力を継続していった先に、ようやく自費率の向上があるのです。
小手先のサービスやマーケティングを使いこなせる小利口なスタッフの口だけが頼りというのでは、メッキはすぐに剥げます。段階的に患者との関係を構築していきながら、患者にとってのヘルスソリューションコンサルタントとしての存在感を増し、小刻みに長く利益を得ていくことがポイントなのです。
対極的に位置する激安インプラント的な低価格戦術は、体力のない医院は決して手を出してはいけない、戦略なき戦術になりがちです。
行う時は一か八かの最終手段と心得なければなりません。一度激安路線に手を染めてしまうと、もう戻ることはできず、医院の体力を消耗させ、死期を早めるだけです。
しかし、体力のある医院でしたら、マーケット的に最もわかりやすい施策ですから、医療ビジネスの展開において、一考の価値はあると言えます。そこから先をどう展開するのかという課題は常に付きまとうにせよ、前述のようにカンフル剤的な効果は小さくありません。しかし、「激安多患」路線を実行する目安は、年間の医業収入が2億以上あり、売上の約10%を広告出稿料として出せる医院であることです。
医業収入の構成はとても単純なもので、患者数・診療単価・来院回数で成立しています。
しかし、停滞している医院の多くは「患者数」と「患者単価」の2項目にしか焦点を当てていません。「患者数」×「患者単価」×「来院回数」の3項目に焦点を当てて考えていくだけで、医院経営は向上します。200人×3500円×3回=210万の売上になります。
この210万の売上を2倍にするのは至難と思うでしょうが、先に挙げた各項目を25%アップさせる施策を考えることは可能です。つまり200人→250人、3500円→4375円、3回→3.75回にすると、売上は以前の2倍の約410万になります。
机上の空論のように思われるかもしれませんが、来院回数に焦点を当て、1年あまりで売上を1.3倍~1.5倍にしている医院は珍しくありません。
予防を冠したヘルスプロ―モーション型の経営スタイルは、「来院回数」を増やし組織の意識を高めることによって、「自費率」「患者数」上昇させるものですから、「患者数」×「患者単価」×検診・メンテナンスによって医業収入を上げていく定義に合致しています。
歯科医院の患者数は「初診」+「既存」+<休眠>-「流失」の公式で得ることができます。
「既存」とは、現在診療中及び12ヶ月以内の再診・検診・メンテナンス患者を意味し、休眠は12ヶ月~18ヶ月経過で検診・メンテナンスに来院していない患者、「流失」とは1年以上来院していない患者と一般的に定義付けします。
「患者数」×「患者単価」×「来院回数」で、医院収益を向上させるには、<休眠>と「流失」患者が何故来院しなくなったのかをその属性や検診・メンテ履歴から原因を追究しなければなりません。
来院しなくなった患者をセグメント化することで、自院の弱みが必ず見えてくるものです。来院しなくなった患者個々の理由は思い当たるものの、流失患者の全般的原因(自院が抱える構造的な問題)についてはよくわからないという医院が多いのは、先に述べた患者をセグメント化する作業をしていないからです。
<休眠>と「流失」患者についていえば、一度来院した患者情報を活用し、掘り起こしをする(復活させる)ことのほうが、見えない「初診」(新患)獲得にコストをかけるよりも、確率の高い施策と言えます。休眠・流失患者を放置することは、とても不合理なことと言わざるをえません。
経営が停滞傾向にある歯科医院は、患者の「来院回数」を重点強化することが停滞脱出の第一歩につながります。その過程の作業として<休眠>と「流失」患者掘り起こしのコンテンツを考え、システム化することは不可欠の作業です。経営が停滞している歯科医院は、まずこの部分から着手するのが基本です。
「うちの患者さん」を連発する院長は衰退予備軍【2017.08.03】
ご承知のようにライフタイムバリュー(顧客生涯価値)という言葉は、今や歯科医院でも当たり前に使われるようになりました。
長期にわたる自院へのロイヤルティの高い顧客という位置付けにある患者が相応にいなければ、予防歯科は成り立ちません。予防歯科への潮流は、このライフタイムバリューの視点からの発想なのです。
患者の健康にとっても、歯科医院の経営にとっても、ライフタイムバリューの創造は、この10年来の命題です。ライフタイムバリューを根付かせることは、大切な患者の健康面のライフプランが見える仕組みをつくるということに他なりません。
患者からすれば、その歯科医院が生涯付き合っていくだけの価値がなければ、途中で見限るしかありません。逆に自院の患者にライフタイムバリューを見出したい歯科医院は、患者から「その価値がある」と見なされるだけの努力を継続していく必要があります。
患者の本質はそのように流動的なものなのです。ところが、患者を地縁・血縁の産物とでも思っているような、義理人情の世界に生きている旧態依然の歯科医院の院長は、得てして「うちの患者さん」というような言葉を使いたがります。患者を既得権の産物のように考えているわけです。
そのような発想の院長には、患者の離脱は「離反(裏切り)」としか受け取ることができません。ご近所の患者はご近所の歯科医院に来るのが当たり前というような、昭和の時代によく見られた歯科医院と患者の関係をいまだに信じ込んでいるとしか思えない、いわば「義理人情歯科」の末裔というしかありません。
このように自らを省みることのない「うちの患者さん」的発想の院長には当然、明日はありません。ライフタイムバリューという言葉の本質とは相容れない存在と言えます。
「治療したら、もうそれでおしまい」というような医院は流石に少なくなってきましたが、どれだけ患者の生活の質を一生に渡って高め続けることができるのか、ということを掘り下げて考えている医院は決して多くありません。
健康な口腔が約束してくれる「食べる」「話す」「見た目」は、生活の質に直結している領域です。その領域を、歯科医院は仕事のフィールドとしています。
したがって、医院の方針を保険制度の改訂によって二転三転すること自体がおかしなことです。患者の心の中にマーケットがあるという発想ができていれば、制度の改訂も景気もあまり関係ありません。
ライフタイムバリューを基盤とした医院の多くは、一般歯科(GP)の医院ですから、特別難しい技術を必要とされていません。だからこそ、なぜ多くの医院がある中で自院を選んで来院してくれたのかを突きつめることが、口腔内検査や治療と同様に大切なことです。
ライフタイムバリューが根付かないのは、患者の口腔内の状況はわかっていても、心の中にマーケットをつくれていないこと、そのための患者情報を得る機会や仕組みができていないことが原因なのです。
既存医院の固定患者依存に反して、開院して間もない医院は、患者数というと新患のことばかり考え、既存患者への取り組みが疎かになりがちです。
広告に投下した費用は、ある程度は新患獲得に効果を発揮します。しかし、新患獲得に集中してしまい、患者の固定化(=顧客)を疎かにしてしまうと、ずっと新患を獲得しつづけるビジネスモデルになってしまい、資金がなくなった時、医院もおしまいになりかねません。考えてもみてください、歯科医院数が飽和している現在、それでも新規歯科医院の経営が成り立つのは、既存医院が患者の固定化をきちんとできていないからです。
つまり、既存医院の「ゆるみ」のおかげで新規医院は成り立っていると言えます。新規医院は絶対に、こうしたゆるい既存医院と同じ轍を踏むべきではありません。
新患が1人来院した時点から、患者の固定化を図るべきです。また、どんなに患者の固定化を図っている既存医院でも年間約5%の患者がドロップアウトするため、5年経てば25%の患者が減少することを想定して、新患を獲得していかなければなりません。
こうした発想を常にし続けることも、マーケティング体質を獲得するためには必要な視点です。
歯科医院にとっての固定患者(顧客)は、言うまでもなく重要な経営資源です。
固定患者は既存患者の中から一定の割合で生まれてきますが、この固定患者の存在に長期的には医院経営を衰退させるというパラドックスがあることに、多くの歯科院長が気づいていません。
例えば年配の歯科医師などからは「うちの医院は昔からの患者を大切にしているから大丈夫」という声を良く聞きます。しかし、そういった医院は概ね固定患者の老化とともに医院自体も老化していきます。
「入れ歯の名医」が経営する医院は、入れ歯を入れた患者を生涯大切にすることより、入れ歯が必要になる年齢層が常に来院するような流れをつくることが、入れ歯の名医としていつまでも医院経営をしていくための方策になります。それこそが、「自院の強み」を生かした経営と言うべきであり、固定客の再診率の高さに安心していると、病気や死亡、移転などでいつの間にか常連さんは減っていきます。
気がついた時は、固定患者、歯科医師ともに高齢者になっていた――というのが、従来の欠損補綴中心の医院経営の在り方でした。
補綴をした既存患者を経営資源として固定化する医院経営から、補綴年齢層が常に来院して新たな固定患者層をつくっていく流れを持つ医院にシフトしていかなければなりません。
開業して数年が経過して、既存患者の固定化に成功し、新患の獲得も順調なものの収益はあまり向上しないなどという話は、歯科界では掃いて捨てるほどあります。
どれだけ既存患者が増えても、年間の来院数と一回当たりの医療費が下がってしまえば、全体の売上を押し下げることになるというのは、当たり前のことです。
既存患者を増やしながら医業収入も向上させていく意識を持たなければ、医院経営の限界点は8千万円~1億円程度で見えてきます。それを乗り越えるためには、医院にとっての上位患者をまず洗い出す(浮かび上がらせる)必要があります。
メンテナンス意識が根付かない患者に、延々とリコールカードを送るのは無駄です。上位・中位・下位の別なく同じ情報発信をしているようでは、ブランドロイヤルティが育ちません。これではザルで水をすくっているのと同じことなのです。
以下のような項目を設けて、まず患者を分析してみてください。
- 〔項目①:最新来院日〕
- 〔項目②:累計来院日数〕
- 〔項目③:累計医療費〕
これらの基本的な分析をしただけで、「うちの患者さん」にも何種類もの層があること、そのなかには「大切な患者」と言うべき層の人達が確実に存在することに気がつくはずです。
それ以外の患者がどうでもいいということではありません。ただ、自院にとって大切な患者を見極め、分類することにより、例えば医院情報を発信する際にも、カテゴリー別に力の入れ方の強弱や、重点の置き方の方向性なども変わってきます。
それこそが広報体質およびマーケティング体質を持った歯科医院への第一歩であり、「義理人情歯科」からライフタイムバリューを基盤とした医院経営へとシフトするための第一歩になるのです。
歯科医院の13%のムダを取る【2017.08.21】
最近は歯科医院の給与体系を含めた、経営改善の懸案に類する相談が多くなってきました。
歯科医院の経営改善課題を整理してみると、次のような要因が絡み合い、歯科医院経営に暗い影を落としていることがわかります。
- 〔要因①:歯科衛生士の人件費の高騰および全体的な人件費のアンバランス〕
- 〔要因②:インプラントに代表される自費市場価格の下落〕
- 〔要因③:患者減による空き時間の増加〕
- 〔要因④:経済の停滞による影響〕
「景気の影響で患者が来ない。ますます経営が厳しくなってきた。」このような院長の声を良く耳にします。そして、この現状をマーケティング施策で打開できないかという内容の相談をよく受けます。
しかし、短期的なマーケティング施策だけで利益を出そうとすると、医院経営に更なる負荷がかかるものです。
マーケティング施策と並行して医院経営の「ムダ」をなくすことが必要です。マーケティング施策と自院の体質改善を同時に図ることで、常に戦略に基づきながら自院の発展を目指すようなマーケティング体質を、自院の体質の中に取り込み、独自のものにするのです。
そのためには、なくしたムダからマーケティングのコストを捻出し、マーケティング効果によって自院を利益体質にしていくという循環が求められます。
一般的に売上高に占めるムダの割合は、利益率20%以上の組織で約7%、利益率1%の組織で20~30%にもなると言われています。
歯科医院の利益率は節税調整をした後、8%程度になるのが平均的モデルですから、推定約13%の「ムダ」が医院に埋まっていると考えていいと思います。
医院組織、診療体系を再構築して、効率的で診療の質を上げるやり方に変えていくことによって、医院は次第に利益体質になります。
医療機関に対して利益体質と言うと、違和感を覚える向きもあるかと思います。しかし、利益率20%以下の医院にとって、診療の質を維持して中長期的に変化していくことは、極めて難しいことなのです。利益率の低い経営を続けていると、利益追求自体が目的化してしまい、診療の質を維持した変化をする思考ができなくなるのが現実です。
PRするにしても、標榜するにしても、意識するにしても構いませんが、まずは「自院の主要診療科目が古くなっていないか?」と考えることが必要です。包括的診療がグローバルスタンダードとされている今日、診療科目をバラバラにするような経営的視点で歯科診療を考えることは時代錯誤でしょう。しかし、その診療科目に期待する利益を見直し、そのコストを洗い出すことは、結果的に市場性のある診療科目を把握して、診療の質を追求していくことに繋がります。
例えば、解析ソフト、CT、バイタル機器などが標準化してきたインプラントは、一般医院にとっては、生産的な診療科目ではなくなりつつあります。インプラントの周辺医療機器を調達できない医院は、インプラントを主要診療科目から捨て、専門医との連携を図ることが、自院に新しい診療体系を構築して診療の質を上げる効果的な方法となります。
ここで大事なことは捨てる順番です。医院の置かれている診療圏ニーズから、何が重要で何が重要でないかを判断して、一番要らないものから捨てていくことが重要です。(ここで言う「捨てる」とは意識レベルで優先順位を下げることを意味します)
私の経験上、1980~90年代のぬるま湯時代を知っている歯科医院ほど、ムダな診療科目が多く、ムダをとり去るだけで経営は上昇するケースが多いものです。
同様な事例として飲食業が挙げられます。高度成長期は駅周辺の飲食店は和洋中華と、何でも提供できることが飲食業としての優位性でした。しかし、社会が成熟した現在、そのような飲食店は生活者にとって魅力的ではなく、専門化していない飲食店として、2流・3流店舗の位置づけをされてしまいます。
然るに、なぜ歯科医院は生活者マインドに逆行するかのように、診療科目を細分化して、大衆食堂のメニューのように標榜してPRするのでしょうか。診療科目の細分化は、歯科村的な価値追求の発想ですが、それを委細に標榜(PR)するより、古くなった診療科目を捨てることから始めなければ経営効果=診療の質の向上は期待できません。
まず、する必要のない仕事、何の成果も生まない時間を見つけてみる。次にその仕事をやらなければ、その時間を使わなかったならば、何が起こるかを考えてみる。そして何も起こらない(やめても影響がない)という答えが出たならば、その仕事は直ちにやめるべきです。実に当たり前のことです。
しかし、歯科医院や弱小組織の場合、ムダな仕事をやめるにやめられないことが、往々にしてあります。その理由として、第一にムダな仕事をしている人に与える仕事が、すぐにはないという事実が横たわっています。次に、ムダな仕事を続けてきたスタッフは、労働者としての権利意識ばかりが増大して、新たなことに取り組む意識が少なく、組織の不満分子となる新たなリスクを抱えることもあります。
大きな組織でない歯科は、人員をおいそれと他の部署へ移すことができないため、市場ニーズの変化とともに新たな学習をする意識づけと機会を用意していかなければ、スタッフを解雇するしか手段がなくなってしまい、医院経営は新たな火種を抱える悪循環に陥ってしまいます。
だからこそムダな仕事を見つけ出して排除し、その余剰時間をスタッフの学習や、新たなテクニカルワークの修得に充てれば、逆に一石二鳥、三鳥の効果を生みだす可能性が出てきます。
診療体系を効率的にしても、スタッフの意識がムダを抱えたままでは、利益体質の歯科医院になるのは難しいでしょう。その意味でムダの根本的原因は、働きの良くないスタッフであるというケースが、歯科医院では多くなるのです。
そのような非効率なスタッフの働き方を変えるには、医院が達成すべき目的を「具体的な目標」に置き換え、スタッフ同士のベクトルを合わせていくことが肝要です。
極端な言い方をすれば、院長の経営者としての仕事は、愚直なまでに日々繰り返し、このことをスタッフに伝えていくことにあるとも言えます。
次に、雇用のムダの見直しです。歯科医院の給与は、年功と時給、そして役職手当で構築されているケースがほとんどです。この制度は家族経営的な歯科医院には、波風が立たない点で無難なのですが、優秀な新人が入りづらく育たない制度という一面を持っています。
現在の採用難を考えると、歯科医院が考えるべき雇用に対するムダは、
➀スタッフの離職率の増加による採用コスト
➁残業代の増加による生産性の低下
この2点につきるのではないでしょうか。
例えば、離職による採用コストについて考えてみましょう。
➀求人広告費
➁採用選考にかかった人件費
➂雇用に際しての備品等
➃研修費用
➄新人をサポートする人件費
➅引き継ぎコスト
➆退職者の有給休暇の消化
などが発生します。
さらに、何物にも代えがたいのが院内の士気低下と患者からの不信です。このようなムダをなくすには、年齢ではなく仕事と役割に対して給与を支払う体制にする必要があります。
働きに応じて給与を支払う。これは、どの組織でもなかなか実現の難しい永遠のテーマですが、優秀な人材が入りづらく育ちづらい歯科だからこそ、自院の文化に即した人事評価制度の確立に年単位で取り組まなければなりません。
極端に言えば、人事制度が確立できれば、結果的に少なくとも医院の13%のムダは省かれ、マーケティング体質の医院に変わっていくことは間違いありません。
歯科医院の戦略は何故実行できないのか【2017.09.19】
医院経営の低成長を受けて、多くの医院で、以下のような手順による経営指針の見直しがされています。
〔人事評価と労務管理/広告環境構築/既存患者の維持管理〕
そのための指針から方策決定、そして実行までのプロセスは、規模は小さくとも戦略であり、実行があって初めて効果を持ちます。ところが多くの場合、戦略の方策決定までは比較的スムーズに行くものの、実行への時間が経過するばかりで、結局、状況変化に追いついていけないままうやむやになってしまう傾向があります。
盛業の歯科医院は、方策決定は意外とラフな感じで行う半面、実行のスピードが桁違いに速く、経営が停滞する医院は、戦略をたてるプロセスが目的になってしまいがちです。計画ばかり詳細に作っては、それに縛られてしまい、結局は中途半端の計画倒れに陥るのです。
それではいったい、なぜ実行ができないのでしょうか?
戦略の基盤は院長の基本理念であり、そこから具体的な戦略・戦術が立案されていくわけですが、戦略を実際に実行するのはスタッフです。
経営が停滞している歯科医院のスタッフからは「院長は思いつきで指示をする。言うことがコロコロ変わってついていけない」というような声をしばしば耳にします。
常に日々、目の前の患者のことに対応しているスタッフからすれば、突然の院長の指示変更にはすぐにはついていけないという気持ちは理解できます。
次に、院長の指示(戦略)は、方向としてはわかるが、実際に何をどうするべきか漠然としていてわからないという意見も多く聞かれます。具体的な方法、期日、権限、責任を示さないまま指示が出されるということが、停滞する歯科医院の「当たり前」になっているのです。
また院長の意思決定(戦略)に対して、表立って反対はしないものの、積極的に協力しないスタッフも往々にしているものです。
それでも院長が戦略を実行していこうとすると、そのスタッフは虚々実々の駆け引きをしたりする。
以上のような点が、歯科医院で戦略が実行できない理由として挙げることができます。
ではスタッフの実行力を高め、ひいては自院の目標達成能力を引き上げるには、どうしたらいいのでしょうか?
「院長は思いつきで指示をするから、言うことがコロコロ変わってついていけない」といった声に対しては、どんなに詳細な分析でも「過去のデータ」に過ぎない。
停滞する歯科医院の多くは、経営方針をつくる場合にも、他業種における過去の成功事例の受け売りであるケースが多いようです。歯科の経営環境が大きく変化している現在、そのような他業種のデータを鵜呑みにすること自体がマイナス効果になる恐れがあります。
反面、データを踏まえた「思いつき」が戦略に変化することはよくあります。準備に時間をかけたから「いい戦略」が生まれるとは限らないのです。最初は「思いつき」のような戦略でも、それを歯科業界や自院の事情に柔軟にアレンジしてスタッフにわかりやすく指示し、「これなら出来そうだ」とスタッフをその気にさせればいいのです。
思いつきだろうが、練りに練ったものであろうが、戦略は実行部隊であるスタッフの心にストレートに伝わる、明確な表現がなされていなければなりません。それが何よりも重要で、「思いつきもビジョンである」と肚を括って、あとは積極的に実行していくことが大切です。
「不明確な戦略」の要因は、中心的な立案者である院長の優柔不断である場合が最も多いものですが、戦略が不明確なまま、院長もスタッフも闇雲に環境の変化に追いつこうとすれば、戦略の具体化にも限界がでてきます。
むしろ、みんなでじっくり試行錯誤をし合いながら実行されていくうちに、戦略は練られていくという傾向もあります。そのためにも基本的な部分はストレートで簡潔なものにしておく必要があります。
さらに院長の意思決定に積極的に協力しないスタッフに対しても、「反乱分子」というような断罪の仕方をせず、反対があるからこそ考えも深まり、戦略の完成度が高まると考えて、当該スタッフの意見もきちんと聞く必要があります。
それらの手順をきちんと踏むことにより、スタッフが院長の意思決定に積極的に協力しない要因の概要が、単なるスタッフのサボタージュによるものなのか、院長である自身の戦略に問題があるのかなども含め、具体的にわかってくるはずです。
前の単元で述べたことを換言すれば、今まで私たちが学んできた「実行論」は、単純で理想的過ぎたように思います。多くの歯科医院での状況を見ていると、戦略実行は理論・理屈よりもスタッフの気持ちや関係性に左右されているのが現状です。もっと視野を広くして医院全体を見渡し、コミュニケーションがどうあるべきかについて、まず以下のようなポイントを踏まえながら検討する必要があります。
ポイント①: 戦略は未完成の仮説
戦略は仮説であることを前提にしたうえで、現場スタッフからのフィードバックを呼び込むことが何よりも大切です。つまり立案と実行を繰り返していくことが、戦略の完成度をあげていく近道なのだと考え、飽くことなく続けていくことが重要なのです。
ポイント②:スタッフの全面的な合意は必要ない
さまざまな立場にあり、さまざまな考え方をもつすべてのスタッフから、戦略について全面的な合意を得られると考えるのは幻想というべきでしょう。100%の合意を求めると、いつまでも何も決まらない、進むことのできない組織になってしまいます。「ここだけは医院経営の土台になる」という核を決め、退路を断つための合意で十分とする思い切りが必要です。
ポイント③:院長としてやるべきことをきちんと伝える
「例え100%の合意でなくとも、決定事項には全員が100%の力で実行する」ということを、スタッフに理解してもらうことに全精力を注ぐことが大切です。言い訳を用意するスタッフに対しては、飽くことなく時に執拗に説明し、「ここまで言われたらやるしかない」と思わせるのが、院長の仕事と心得てください。
以上の3つのポイントはすべて、医院内のコミュニケーションが円滑でなくては進まないことばかりです。極論ではありますが、歯科医院では高度な戦略がベストウェイではないと見定めましょう。
「スタッフとコミュニケーションがとれるレベル」のものが、その医院にとってのベストウェイなのです。
以上のようなことを踏まえ、院長が今考えている経営方針を理論の面からだけでなく、医院のコミュ二ケーションレベルから見直してみる必要があります。
歯科医院の接客を考える【2017.09.29】
歯科医院の「接客」の評価は、「技術」評価にも繋がってきます。今更ながらですが、医院経営に「接客」の占めるウエイトは非常に大きいものです。
院長もそのことを十分に理解はしているはずです。しかし、医院が求める「接客」レベルが、どこにあるのかが見えてこない医院が多いのも事実です。
多くの医院を訪問した経験から、平均的な医院の接客レベルは、コンビ二の店員以上ファーストフード店レベル以下と感じます。
つまりは「苦情がでないレベル」です。中には、キャビンアテンダントのそれと感じさせる医院も存在しまが、それは同時に、多くの歯科医院に求められるものではありません。
仕事柄、東海道・上越・東北・山形といった新幹線を利用することがよくあります。
その際には「お弁当にお飲み物、お土産はいかがでございますか」のかけ声とともに車内を回るワゴン販売を良く利用します。ワゴン販売員の「接客」とキャビンアテンダントの「接客」では、「売上げ」が関係するかしないかで、大きな違いがあります。多くの歯科医院で求められるのは、売上げに絡む人材です。彼女(彼)らに期待されるのは、売上げに直結する「接客」姿勢です。
医院が求める「接客」レベルは、売上げに絡むものなのかそうでないのか。まずはそのことをはっきりスタッフに示すことが、わかりやすいサービスの提供へと繋がり、その結果が自ずと、医療の品質と医業収入に反映されていくことになります。「接客」「売上」と言うと、医療機関では商業的と敬遠される嫌いがありますが、医療サービスには費用が発生することをスタッフに認識させることが仕事への責任を自覚させるための第一歩です。
歯科医院ではキャビンアテンダントの「接客」を最上のものとする傾向がありますが、自費診療に特化した一部の歯科医院を除いたほとんどの歯科医院(全体の9割)は、ワゴン販売員を「接客」モデルとした方が実際的です。
それにもかかわらず、ほとんどの歯科院長がキャビンアテンダントのような接客を理想とする現実の背景には、かつて医療の持つホスピタリティ精神の象徴とされた「白衣の天使」的な接客のイメージが、世の男性の多くが抱く「キャビンアテンダント神話」に直結しやすいからだと思われます。
新幹線ワゴン販売員の大半はアルバイトであり、ちょっと前までは質のバラつきが確かにありました。でも最近のワゴン販売員には不安定な身分をものともしない「プロっぽいたたずまい」の持ち主が急速に増えています。
新幹線のワゴン販売員の内部競争は意外に激しく、販売員の多くは2か月単位で契約更新を迎えるパート契約を結んでいるそうです。
給与は基本給(時給)+歩合給というパターンが一般的なようですが、どんなにたくさん売り上げても、歩合給が一気に跳ね上がることはないとのこと。それにもかかわらず、最近の新幹線ワゴン販売員は容姿も接客術も兼ね備えているケースが多くなりました。彼女たちの仕事は、有資格者であり正社員の歯科スタッフよりも、はるかにプロを感じさせます。
そのうちの何人かは「カリスマ販売員」と呼ばれ、接客術の本も書いています。彼女たちの売り上げアップのための創意工夫は素晴らしく、1台のワゴンを「自分の店」と捉えて、時間帯や季節によって品揃えに独自の工夫をしたり、お客様にぶつからないようワゴンをわざと後ろ向きに引いたりと、さまざまな工夫を凝らしています。それらの努力はすべて「お客様に旅の印象をよいものにしていただくと同時に、必要な商品をスムーズに買っていただくため」なのだと、カリスマ販売員の1人はインタビューで語っています。
小さなことですが、釣り銭の小銭をポケットに入れておいて、お客様に素早くお返しする努力など、会社の指示ではない、現場でつかんだ独自の工夫をする人もいるようです。
なんとも見上げたホスピタリティ精神ではないでしょうか。最近は航空業界もLCCなどの参入で競争が厳しくなり、機内での販売にも力を入れはじめていますが、「売り上げ向上」とともに客の立場になって考える接客術という意味では、最近の新幹線のワゴン販売員のほうがはるかに上ともいえます。
多少の歩合給が入るとはいえ、不安定な身分の彼女たちが、誰の指示を受けるでもなく、なぜそれほどの努力をすることができるのか? パーソナリティの問題といってしまえばそれまでですが、彼女たちはみな、新幹線のワゴン販売員という仕事にプライドを持っていることが挙げられます。
現状の歯科医院のスタッフは、そうしたワゴン販売員に比べれば総体的に「接客」の質は低いのが通常です。それは第一に、売上げに絡むか絡まないかが、大きく影響しているものと思われます。
何もこのことは歯科のスタッフに限定されたものではありません。「売上げ」=「自分自身の生存」という切迫した距離感を与えないことには、いくら接遇セミナーやロールプレーイングを繰り返しても「接客」の質は上がらないからです。同様にファーストフード店の「接客」が、マニュアルレベルから脱することができないでいるのも、「売上げ」求められていないことが大きく影響しているといえます。
さらに仕事の出来るワゴン販売員に比べて大きく違うのは、歯科医院のスタッフとしての仕事に「プライド」を持っているかどうかということが問われてきます。
歯科スタッフという仕事の意味や意義をスタッフがどう感じるかは、第一にはもちろん本人次第ですが、少なくとも歯科院長の基本理念や経営方針が、スタッフに何らかのアピールもできない程度のものであれば、スタッフの接客術が改善されることはありえません。逆に院長の基本理念や経営方針が「スタッフとともに伸びようとする」ような、光に満ちたものであれば、スタッフのやる気がまったく違ったものになることは確かでしょう。
もっと具体的に見ていきましょう。
例えば私の経験則によれば、新幹線のワゴン販売は2時間30分程度の運行距離で、3~4回の頻度で巡回している場合が多いようです。約40分に1回という感じでしょうか。この40分に1回の頻度は、絶妙のタイミングでもあります。
駅の間隔、時間帯、乗車率によって、ワゴンが回ってくる頻度は違いますが、単純に考えれば、2時間30分の間に、ワゴンの回転率をあげれば売上げが上がる機会が増えていくことになります。
そのため個々の「接客」時間を短くすれば、売上げは上がることになります。このような回転率をあげるために、販売員が車両の空気を観察している様はよく見てとれます。
寝ている乗客や弁当を食べ終えた乗客が多い車両では、通過速度は速く、声かけ回数は明らかに少ないのです。こういった車両を次に回るときには、「お弁当」のかけ声から「コーヒー」や「お土産」のかけ声へと、7割の販売員が変えています。
通過速度やかけ声を変える販売員は、注意深く見ていると意外と多く、これはすでに販売員の間で当たり前のことになっていることがわかります。それに比べて、歯科医院では、待合室で待っている患者数や患者の属性、気候などその時々の状況に応じて、スタッフが臨機応変に対応をすることは、当たり前ではないように感じます。
私の新幹線のワゴン販売「接客」観察を通じて、売上げを伸ばすワンランク上の「接客」と思われるのは、「後ろ向きワゴン販売」です。新幹線のワゴン販売は通常、ワゴンを前に押して販売しているわけですが、私自身、これまでに数回、ワゴンを押すのではなく引いて後ろ向きに進んでいく販売員に出会った経験があります。自分のシートの横をワゴンが通過して、初めてワゴン販売に気づき、手をあげても販売員に気がつかれることなく通過されてしまった経験は誰にもあることでしょう。
しかし、ワゴンを後ろ向きで引くことで、乗客の購入サインを見落とすことなく拾い上げていく様は、客のニーズを100%拾い上げていく「接客」の基本を見る思いがします。
歯科医院の「接客」も特別な事をする前に、現在の作法をちょっと変えてみることで、この「後ろ向きワゴン販売」のように、患者満足を得るというようなことがまだまだあるのではないでしょうか。
本章では、ことさら「売上」を強調してスタッフの行動変容を促しましたが、基本は医院の方針や理念の徹底であることは言うまでもありません。参考までに、運営するキュレーションサイトで問題を起こし、社会的制裁を受けたDeNA会長の南場智子さんのインタビュー記事(朝日新聞)を引用して、「売上」と「理念」のバランスの大切を改めて認識したいと思います。
「ビジョン、ミッションは言わずもがな、日々の運営でサイト訪問者数の話はしても、重要で当たり前のことは言葉にしなくなり、ずれていってしまいました。社員が3人から2千人に拡大したなか、隅々まで正しいことを貫く状態を維持することは大変な努力が必要。高いスタンダードをやっているつもりでも、抜けが出ました」南場智子会長の胸のうちは、多くの院長の転ばぬ先の杖ではないでしょうか。
「選ばれる」ための4ステップ
- 選ばれるレベルの上昇を目指す
トップの意志がマネジメントを生かす
- 「顧客生涯価値」とは「未来価値」
- 過去を忘れる
- 未来をイメージする
- 未来予測の方法
- 未来を具体的にする
2年間戦略で「患者未来価値」をつかまえる【2017.10.17】
「顧客現存価値」に重きを置く従来型の歯科医院にとっては、患者のニーズを満たすプロセスの最適化が重要課題でした。その課題解決のために、医院の業務マニュアルや診療フローなど、医院のあらゆる面で標準化が必要とされました。
しかし、歯科医院に限らずあらゆるサービス業で標準化が進んでくると、マニュアルによる対応では生活者から満足を得られなくなり、「顧客生涯価値」にたどり着くことは難しくなってきています。そんな時代に歯科医院はどのような「戦略」を持って患者の「未来価値」を見極めていけば良いのでしょうか。
「患者生涯価値」を追求するのが予防型歯科医院のビジネスモデルであり、「患者の口腔の健康のために」という言葉を良く耳にしますが、このぼやけたコンセプトで、多くの歯科医院は患者がいることを当たり前に考えている現実には驚かされます。
どの医院でも患者ニーズが明確で、不変と思いこみ、保険請求ベースのSPTやペリオの治療にとどまっているケースが大勢を占めています。
このような「患者は安いコストを第一義としている」という思い込みが、結果的に患者離れを引き起こし、「患者未来価値」を見落とす要因にもなるのです。
マニュアルを作り、完璧に実施していることは、今表面化している患者のニーズを満たしているということに過ぎません。
マニュアルを実践したけれど、クレームは減ったけれども「リコール効果がない」「メインテナンス患者が減った」と嘆く医院は、多くのケースで患者ニーズの変化をキャッチしていないからです。
マニュアルを超えた患者とのパートナーシップを築き、患者の未来ニーズを見つけて満たすことができれば、医院の位置づけが高まり「患者未来価値」の展望は一気に開けていきます。患者ニーズの変化に対応するには、ただマニュアルを消化するだけでは足りません。マニュアル通りの関係を超えた、プラスアルファの関係が必要なのです。
患者とパートナーシップを結ぶと一口にいっても、簡単にできることではありません。しかし、常に他の医院との費用や利便性の競争にさらされているような経営状態を脱するには、この一点を突破するしかありません。
私は25年あまりの歳月で約400医院の成長過程を見てきましたが、できるだけ多くの生活者に自院を認知させ、できるだけ多くの患者に来院してもらい、再診、検診の最大化を図る戦略をとるという方向性をもつ医院がほとんどでした。
しかし、そのほとんどの医院では、売上げは上がるものの利益は残らない、歯科医の年齢による体力の低下に比例して医院収益も低下していくというのが常でした。
このような医院経営から脱するには、まず自院にとって「不適切な患者」を探し出し、時には切り捨てる決断をすることも必要です。
一部の「不適切な患者」のために、多くの労力と費用を使い、そのために経営資源が疲弊していく医院を山ほど見てきました。
結果として、最も重要な自院のパートナーになるべき患者に使う体力が、医院に残っていない状態になりかねません。自院にとって「不適切な患者」を見つけ出すことは、つまりパートナーシップを結ぶ大切な患者を絞り込むこととも同義なのです。
夜間や休日の患者、そして急患ほど、往々にしてキャンセルや中断してしまう患者になる確率が高いものです。しかし、患者数が少ない現在、こういった患者を受け入れなければならないのも現実ですが、こういった「不適切な患者」を「適切な患者」へと変えていくことはかなり難しいことです。
その上、院長は「不適切な患者」に対しても「適切な患者」と同じサービスを提供しようとしがちなため、医院は非生産的な目標に向かっていってしまうのです。
こういった状況をある一定の時期を定めて打ち切りにしなければ、医院業績はあがってきません。「不適切な患者」にはNO!を伝えることが、医院戦略の第一歩なのです。
パートナーシップを患者との間につくりあげるためには「不適切な患者」を見つけ出すことと前述しました。
それでは自院にとっての不適切な患者を洗い出すには、どのようにしたら良いのでしょうか?一般的には「保険診療でキャンセルが多い患者」がまず挙げられると思いますが、この「不適切な患者」の基準はスタッフによってそれぞれ違うということになると、経営はなかなか戦略ベースに乗っていかないでしょう。
院内ミーティングで、受付、DH、DA、Dr、スタッフ全員に、「不適切な患者」10人とその理由を書かせてみてください。意外と院長が不適切と思う患者とスタッフとでは往々にして違っているものです。なぜこういったことが起こるのでしょうか。
その理由の多くは「医院理念とそれが計数化された目標がないか、浸透していない」「個々の患者の収益性を管理するデータベースがない」という2点に集約されてきます。
逆にこの2ポイントがきちんとなされ、スタッフにも浸透している医院では、同処置・同売上の患者でも、自院にとって価値のある患者か否かが、医院全体で共有されることになります。つまり患者ごとの「未来価値」が定まっていますので、2年間戦略の戦術ベースがブレることなく行われやすいのです。
スタッフ任せでは、再診・メインテナンス率は上がらない【2017.10.30】
右肩下がりの経済情勢と人口減少社会の進捗が常態となった現在、増患のために多くの負担が医院経営にかかってきます。
そのため歯科界では、近年、来院患者とのコミュニケーションを大切にし、再診や紹介につなげなければならないという考え方が主流になり、この10年余りの間に、増患に関する多くのセミナーが開催されてきました。
しかし、個々のセミナーでの課題克服へのアプローチの方法は、概ね保険会社や輸入車ディーラーの営業手法の焼き直しに、航空会社の接遇がプラスされたものでした。焼き直しモデルは、モデリングとして悪くはないのですが、歯科医院のスタッフの力量とかけ離れている上に、歯科の現場に即していないため、システム化されることはありませんでした。
その結果、患者数が増えることはなく減少に転じるに従って、既存の顧客サービスが大切という声が多くなってきました。しかし、例えばそんな時期にたまたま入った新人歯科衛生士が、機転が利き、サービス精神も旺盛な人材だったとします。すると、多くの院長が手放しで「あの子は素晴らしい、あの子を見習え」とばかりに賞賛するケースが少なくありません。他のスタッフは、不承不承であっても、見よう見まねで患者に無差別のアプローチを始めます。その結果はどうなるのか?
患者との会話は増えたけれども、再診やメインテナンスが増えたとは思えない状態が続き、次第にスタッフのモチベーションは低下していく……。こうなるのが関の山です。
「これではいけない」と院長は、材料屋さんが持ってきた『1枚のはがきで患者様を感動させる』などと銘打たれた増患セミナーのチラシに飛びつき、スタッフを送り込みます。その後、スタッフは再診・メインテナンス率を上げるための患者フォローとして、ひたすら手書きのカードを無差別に出し続けます。
しかし、相当強靱な精神を持つスタッフがいない限りは、手書きカードに代表される人力作業のアプローチは、数ヶ月で頓挫するのが現実です。
かような場当たり的対応が歯科では繰り返され、予防歯科が増患の一手法として利用され、院内の意識統一に自己啓発教育プログラムを導入する医院が増えてきたのが、この15年余りの歯科界です。
歯科医院での患者の顧客化のためにやっていることの一つひとつは、決して間違いではないのですが、ただやり方において、いろいろな意味で無頓着すぎるのです。
例えば手書きのカード自体は、古典的ですがコミュニケーションツールとしてはそれなりの効果はあります。しかし、歯科医院の煩雑な業務の合間を縫って、無差別に多くの患者に手書きカードを送り続けることは物理的にも体力的にも無理なことです。これはスタッフに、休むことなく人力車を引き続けることを強いているようなものです。
この局面を乗り越えるために、歯科で流行ったのが自己啓発へのアプローチです。成功哲学の元祖ナポレオン・ヒルは『思考は現実化する』で、「強く願えばその思いは現実のものとなる」と説いています。デール・カーネギーは、自己啓発本のロングセラー『道は開ける』の中で、「悩みは主観的なものであり、考え方を変えればすべての悩みは解決する」と論じています。これらに通底することは、自分と自分を取り巻く世界が、相互に関わり合っているという認識です。たとえ、これが原理的には正しくとも、この認識をスタッフに教育し、再診・メインテナンスのために人力作業を続けさせる基盤にすると、明らかに医療の質は劣化していきます。それは科学と再現性を規範とすべき歯科医療サービスを、スタッフと患者の感情を規範とする歯科医療に変質させていくのですから当然の帰結です。一時、歯科を席巻した『わくわくする医院』などはその典型といって良いでしょう。
このように考えていくと、仮に自己啓発系の教育プログラムで、歯科医院は医院スタッフを意識統制する仕組みを築けても、医療の規範が崩れては、何のための仕組みかわかりません。つまり自己啓発系歯科医院の限界は、医療の規範を踏まえて医療サービスの品質を向上することができないことにあるのです。
スタッフ個人のセンス任せによる患者とのコミュニケーションでは、医院の患者の固定化はなかなか進みません。その時採用したスタッフの「人力車を引く体力」次第では、心許ない限りです。
経営者たる院長の仕事は、スタッフが人力車を休みながらも引き続けていけるような仕組みをつくることにあるのです。
まず、患者をセグメント化し、クラスごとに最適なフォローツールを考えることが大切です。ポイントは、なるべく人以外にフォローさせることです。人がフォローするのは、医院にとってコアな患者とリスクの高い患者のみと医院内で意識統一を徹底して、医院内でのマーケティングツールを考えていきます。カード、ニュースレター、チラシ、そしてホームページやメール、SNSなどネット上のコミュケーションツール、最終的には患者教室などが考えられますが、スタッフへの負荷が低く継続できるものから取り組むことが、質も高まって成果へと繋がっていきます。
話はそれますが、歯科医院のスタッフ1人の採用コストはせいぜい20万円程度でしょう。そもそもこのコストで良い人材を望むことは、経営者としてのセンスを疑われると言わざるを得ません。
大手企業では1人につき150~200万円程度の採用コストをかけて、優秀な人材を確保しようとします。それでも、個々の力量に任せた顧客サービスや管理などは行いません。それは、たとえ優秀な人材でも、1人の人間がフォローできる人数は40人前後が限界だとわかっているからです。
それに対して歯科医院では、低コストの人材に無差別かつ不特定多数のフォローを頼るのですから、必然的に継ぎ接ぎだらけ穴だらけのフォロー、「どんぶりコミュニケーション」になるのも当たり前なのです。たとえ良いアイデアを一所懸命に実行しても、システムがなければ再診率・メインテナンス率がアップすることはあり得ないということを認識してください。
「何でセミナーにまで行ってこんなに一所懸命にやっているのに、患者が増えないのだろう」と嘆いている院長は少なくありません。残念ですが経営の世界では、一所懸命にどんなに良いアイデアを実行したところで、システムが伴わなければ良い結果を得ることはできません。しかし、多くの院長は、良いアイデアがあれば何とかなると考えています。あるいは、良い診療をしていれば、口コミで患者は増えると思っています。
経営の根本的問題として考えなければならない「システム化」を知らないことに、気づいていないのです。本来はそういったことから抜本的に解決していかなければ、何をやっても上手くいくはずはありません。しかし、そのことが理解できない。だから、そういったことを考えたくもないと、経営者の立場を放棄してしまうわけです。挙げ句の果ては、場当たり的に内覧会業者に客引きを頼み、「起死回生」を望むのです。いわば奇跡の到来を待つわけですが、奇跡とは万が一にも起こらないのが前提です。そんな奇跡に頼るのは、一種のバクチです。そんな神頼みに近い状況を続けているうちに患者減がさらに進み、スタッフまで流失していく悪循環に陥るのが現実です。
エルトン・メイヨーの経営観を医療の理想としている歯科医師は少なくはありませんが、一足飛びにドクター・メイヨーとなることはできません。まずは、ドクター・メイヨーの対極に位置し科学的管理方法を提唱したフレデリック・テイラーの経営手法を知る必要があります。テイラーの科学的管理方法は、私たちを取り巻く産業に大きな影響を与えています。自動車産業はもちろんのこと、ホスピタリティーを掲げる航空会社然り、医療も効率性と合理性を追求して『作業ライン医療』と呼ばれる例も当たり前の時代になってきています。私たちの最も身近なところでは、マクドナルドの店舗運営が科学的管理方法を採用している典型です。
数々のマクドナルド本からその本質をまとめてみると、マクドナルドの強みは以下の1~4にあります。
- 効率性
商品の単純化。客に注文をするために並ばせ、支払いを済ませ、食べ物を運び、後片付けまでさせて無意識に働かせること。 - 計算可能性
食事の品質を味覚にではなく、例えば500円で提供できる量とハンバーガーなどの商品を提供できるまでの時間に求めること。 - 予測可能性
マクドナルドの提供する商品とサービスがいつでもどこでも同一だということ。意外な驚きもない代わりに大きな失望もないという安心感。 - 制御
ドリンクマシーン、バンズ焼きプレート、フレンチフライ機など職人的技能を必要としない非人間的技術体系の構築。
どれも医療から離れた形式合理性を感じさせる項目が並びますが、多くが健康保険制度で統制される歯科医療の品質を上げるためには踏み込むべき課題と言えます。
次回はマックジョブを下敷きにして患者管理方法について考えてみます。
“関心を引き出すのは医院、高めるのはスタッフ”
生活者の関心を引き出すのは医院、高めるのはスタッフ【2017.11.20】
患者の関心を引き出す方法のひとつとして、前回お話しした「手書きの葉書」は、業種を問わず行われ有効とされてきた方法です。
しかし、「手書きの葉書」が徐々に上手くいかなくなる理由は、媒体や患者側にあるのではなく、医院スタッフの能力に問題がある場合が圧倒的です。相対的に歯科医院のスタッフよりも、患者のほうが社会常識も科学的見識も高い場合が多いため、情緒的になりがちな手紙の内容で関心を引き寄せることは難しいのです。しばらくすると、わざわざメインテナンスに行く必要があるの?と、考えてしまうことになるのです。
患者意識を喚起できない程度でしたらまだしも、医院のサービスマーケティングまで疑問視される「手書きの葉書」をしばしば目にすることもあります。さらにスタッフには、顧客別の経営重要度が明確に理解できていませんから、顧客満足の点からも綻びが出てくる傾向があります。平均的歯科医院のスタッフの力量はこの程度ですから、スタッフ任せの旧態依然とした「手書きの葉書」に代表されるサービスに時間をかけている間に、患者はどんどん喪失していくことになるでしょう。
健診やメインテナンスに来院する健康な人に対しても、医療機関では総じて患者さんと呼んでいます。これは単に慣習として患者さんと呼んでいるに過ぎないのでしょうが、スタッフの対応は無意識のうちに患者さんも健康な人に対しても同質化していってしまいます。そのために健康な人が来院するための顧客満足視点が不足して、継続的にメイテナンスで来院する人が、なかなか増えていかない結果になる場合が多いのです。
健康な人は、患者さんではなく生活者なのです。「生活者」とは「生活を生産する人」という意味です。勉強をしているときは、知的生産をしているわけで、仕事をしているときは、経済的生産をしているのです。歯科医院に継続的にメインテナンスに来るときは、健康生活の再生産を拡大したいと思っているのです。健康生活を再生産したいと思うから、フィットネスクラブや健康教室が盛況になるわけです。したがって、予防を基盤とした歯科医院が成長するには、生活者の健康生活の再生産にどのように参加するかということが、顧客満足のポイントになってくるのです。
花王の「ソフィーナ」というロングセラー商品があります。「ソフィーナ」の成功は、化粧というのは粉やクリームを顔に塗りたくり化けるものではなく、皮膚という畑に美しくなる菌を皮膚科学で培養するという考えを世の女性に打ち出したことにあります。一見してエモーショナルな化粧品の世界に、科学を持ち込んだのです。
しかるに歯科医院は医療機関であるにも関わらず、科学的な見地からのアプローチを推し進めるよりも、「手書きの葉書」に代表されるエモーショナルなアプローチに十年一日の如く取り組んでいるのはどうしたことでしょうか。
歯科医院は「ソフィーナ」の成功を学ぶことが必要です。「ソフィーナ」がサイエンスの導入で成功した理由は、生活者は感情だけでは満足しなくなったからです。科学的説明を大切にするスマートな生活者になったのです。ですから「ソフィーナ」の科学的なメッセージを他社の化粧品の情緒的広告以上に評価したのです。むし歯も歯周病も感染症であり、予防することが科学的に証明されている現在、科学的な根拠を示すことが、何よりも先行されることは言うまでないことです。今、成長している企業も歯科医院も、生活者の科学的欲求に応えている組織であるという事実は、生活者が感情だけでは満足しない時代の中に歯科医院は存在することを意識することが求められていることになるのです。
このように考えていくと、予防を基盤とした歯科医院の顧客満足とは、不平、不満、不快感がないことではなく、次のメインテナンスへの期待感を大きくする科学的根拠にあるということが理解できると思います。次への期待感が継続することで、20代ならば30代になった時の自分への期待感を、40代なら50代の、そして80代になった時の自分への期待感を生涯にわたって大きくしていけるのです。つまり健康の再生産ができる医院か否かが生活者には大切なのであって、表層的な接遇サービスは二の次なのです。
科学的根拠を医院が意識するようになって、初めてサービスマーケティングの仕組みをつくる効果が出てきます。
ここでは健診・メインテナンス率を上げるための紙媒体を、総称的にリコールカードと呼ぶことにします。
さて、このリコールカードを出す時期はいつなのかという問題があります。一般的には、
- 「保険算定の都合に合わせて」
- 「誕生日月」
- 「リスクに合わせて」
という順番で届くようにしているようですが、これでは多くの患者に見過ごされてしまいます。
平均的な歯科医院では、概ね個々の歯科医院の保険診療率に準じて、主訴が解決したら歯科医院にはもう関心がなくなる傾向があると言われています。例えば、保険患者が全体の80%だとすれば、主訴が解決したら80%の人が歯科医院に対する関心が希薄になってきます。主訴が治り関心がなくなった患者から、再度関心を引き出すのは並大抵のことではありません。患者が医院やスタッフへの関心が冷めないうちに次の手を打つことが大切です。患者が自分の口腔に関心のあるうちは、スタッフ側の話や情報を、親切・熱心・ホスピタルといった観点から受け入れてくれます。しかし、時間が経てば経つほど、医院側の情報発信を単なる「売り込み」のように感じて、警戒心すらもたれてしまうのが現在の歯科医院を取り巻く目です。だからこそ患者とリレーションを結ぶには、治療で通院している期間と診療が終了してからの1ヶ月間が、患者さんの健康に対する感度を上げる期間なのです。
例えば科学的根拠を載せるリレーションプログラムなど、(名称はどうでも良いのですが)患者との関係性を築いていくマイルストーンをスタッフが生活者に周知徹底することがサービスマーケティングの仕組みです。
周知徹底させることは、
- 「どのような周期で」
- 「どの患者まで」
- 「どの媒体を使うのか」
の区分をスタッフに示さなければなりません。
この中で最もよく質問されるのは、何年前までの患者に出すのかということ、つまり②「どの患者まで出すのか」についてです。目安としては、保険患者でしたら3年、自由診療でしたら5年前に終了した患者を限度とするのが合理的です。
リコールによって再診・メインテナンスに来院した患者の約80%が、2年以内に終了した患者だということは弊社関連医院データから見てとれます。5年以上になるとほとんど効果はありません。つまり再診・メインテナンス率を上げるためには初動告知がいかに肝心かということです。
以下は、初歩的なマーケティングプランの一部です。ここまでが、患者の関心を引き出すために医院が構築することです。
- 歯科医院利用ガイドを説明する。
図書館の利用ガイドなどを参考にして製作する。この中では概念的なことではなく、施設の利用方法などを具体的に説明する。
(下の画像をクリックすると拡大表示します。) - 治療終了時にメインテナンスについてのオリエンテーションを実施する際に、患者のリスクに応じて1~2年で4回分(目安)のメインテナンスプログラムを提示する。
- オーダーセレクトの歯ブラシ、歯間ブラシ、フロスなどのセットを購入してもらう。
- 1ヶ月以内に65%の記憶が喪失されることを念頭に、オリエンテーションから1ヶ月以内に担当歯科衛生士ないしスタッフのプロフィールとメッセージを送付する。
- 適宜次回のアポイント時期まで医院ニュースレターや予防小冊子などを送付する。
- メインテナンス1週間前に確認の連絡。
- メインテンスは4回目から5回目で脱落する生活者が多いため4回目アポイン時期を確実に認識できるようにする。4回目のメインテナンス時には、過去3回のメインテナンスから得た情報に基づき再度のオリエンテーションをする。または医療的メインテナンスにヘルス・ビューティーやリラクゼーションなどのバリエーションをつける。
リーダーとしての歯科院長の仕事とは1【2017.11.27】
2000年以前の歯科医院にとって、日本歯科医師会・日本歯科医師連盟などの政治的機能を求める組織以外では、リーダーシップという機能は必要とされるものではありませんでした。現在、歯科院長にもリーダーシップを求められるようになるまでに、大きく2つの段階を経てきました。
第1段階は外部環境の変化によるものです。リーマン・ショック後、世界の先進国の経済が長期的なデフレと債務超過に陥り、日本でも中産階級が崩壊して格差が広がり「勝ち組負け組」に社会が二分化された頃と時を同じくしています。当時、歯科界にも情緒的グローバリズム意識の影響から、医業収入1億円以上の歯科医院は勝ち組で4千万円以下は負け組などと、まことしやかに話されたものでした。その挙句に「勝ち組負け組」の違いの一端に、歯科院長のリーダーシップが歯科医院経営の成功に紐付けされるようになってきたのです。この頃、歯科医院経営の理解において、小児病的にビジネス書のバイアスを強く受けた歯科医師が、リーダーシップを着ぐるみとしているような感じが大勢を占めていました。歯科医院経営の成長が経済的な成長にある、といった子供のような一義的な考え方です。
時期を同じくして、歯科界ではコンサルタントが雨後の筍のように登場して、歯科医師にハウツーやノウハウを教えることが全盛となりました。歯科大を卒業して勤務医を経て開業をして歯科院長となり全てが自分の自由裁量でことが運ぶようになると、比較的裕福な家庭環境で過保護に育てられてきた歯科医師は、自由でいること(自己判断の連続)が辛くなってくるのです。そうすると自由であることを一旦棚上げしてコンサルタントに、「ああすれば、こうすれば」と明確に目標を示してもらい、具体的な行動も教授してもらう方が楽になってくるのです。そういった歯科医師が、コンサルタントから怪しげなリーダーシップのあり方を学んだのもこの時期です。
第2段階はこのような外的な洗礼を経て、ようやく歯科医院は内部変化により、リーダーシップは組織論的にも求められるようになってきたことです。依然デフレ基調で消費の低迷が続く時期と、歯科医院の診療体制が修復主体から予防主体への移行期に当たり、歯科医師個人の歯科技工的技術から、歯科衛生士などスタッフをチームとして統率していくタイプのリーダーシップが、歯科院長の必要条件となってきたのです。
リーダーシップが求められる予防歯科が時代の要求であったことはもちろんですが、予防という名目で定期的に患者を抱え込む表層的なマーケティングの意図も見え隠れしていたことも付言しておきます。そのマーケティング的意図が拡大しないように、ヘルスケアな歯科医院体制に変えていくためには、大義名分が必要とされてきました。その結果、目標やビジョンを「地域社会の健康に貢献」といった類にする歯科医院が多くなってきたわけです。その目標と体制維持のために、そしてスタッフを自発的に歯科医院の活動に参与させるためにも、さらに歯科院長のリーダーシップが歯科医院に求められるようになって、今日にいたっているのです。
まだ病気になっていない人が、意識的に生活習慣を改善したり、歯科医院で予防的な介入を受けたりすることは、なかなか難しいことです。「いつもその年齢に応じた健康な状態を維持することで、健康寿命を延ばそう」というのが、最近の予防歯科の目的です。そのためにまず予防型歯科医院で必要なことは、生活者の口腔の健康状態をきちんと診断できる技術です。そして医療者と生活者が診断数値を一緒に見ながら相談できることが求められています。
それによって生活者は自分の口腔の健康レベルを知ることができ、そこから生活習慣や口腔のホームケアの改善を考えはじめるからです。「そんなことは知っている、それができたら苦労しない」という声が聞こえてきますが、そこで機能するのが「対話」ではないかと思います。
しかし、この「対話」なくして、マーケティングプランを策定している歯科医院が多い現実を目にします。こんな歯科医院に限って、メインテナンスは患者に理解されない、メインテナンス患者の維持は難しいといった声をよく耳にします。その最大の原因は、組織のリーダーである歯科院長が、マーケティングといえば、「チラシを配ること」程度に考えているために、患者(生活者)が共感する歯科医院体制をつくることができないでいるのです。
マーケティングというとコマーシャルとか商業主義とか、アレルギー反応を示す歯科院長も少なくありません。また、歯科衛生士にも嫌悪感を抱く人が少なくないのが現状です。しかし、どうでしょうか。例えば歯科医院で行われている「予防は数ヶ月開けて予約をとる」といった瑣末なことが商業主義でなくて、予防歯科に必要な「対話」を歯科医院組織に定着させるマーケティングが商業主義に当たるのでしょうか。
マーケティングとは、歯科医院の診療体制やその考え方なのです。マーケティングは、メインテンスの方法や診療サービスの成長の仕組みを考えることです。歯科医院、歯科医師、歯科衛生士の生き方をデザインすることです。さらにマーケティングは、外部に働きかけたモノを内部で消化して利益にしていくものですから、本来は内部の体制固め=組織論なしでは成り立つものでないのです。
リーダーとしての歯科院長の仕事とは2【2018.01.11~】
朝日新聞紙上で“金融庁の幹部の資質明文化”という記事に目が留まりました。金融庁といえば、言わずと知れた日本のエスタブリッシュメント集団です。その幹部に求められる資質として、リーダーシップが第一に挙げられています。その他では「担当分野への深い見識」は順当な感じがしますが、「難しい課題を解決する胆力」などがあります。リーダーシップや胆力など、インテリジェンスとは関係のない資質を金融庁が重視する姿勢に、日本の官僚の懐の深さを感じました。
歯科界でも医院の業務改善や組織作りをテーマにした経営書の目次を見ると、必ず出てくるのがリーダーシップという項目です。その中でリーダーシップは、しばしば戦略、ビジョン、アイデアなどと結びつけて論じられています。しかし、実際の歯科医院にとって発揮すべき重要なリーダーシップは、もっと根本的なところにあるように感じています。もちろん戦略やビジョンも大切ですが、実際に機能している医院は数%に過ぎませんし、そもそも1ヶ月先の予約を気にしている医院には戦略など必要はないのです。
経営書の影響からか、多くの歯科医院で、戦略や戦術の話を聞きますが、ゲームソフトの「信長の野望」をやって経営戦略ゴッコをしているようなもので、本を読んでも歯科医院は何も変わりません。そんなことよりも、リーダーとして優れている院長は、スタッフの感情レベルに働きかけて組織を前向きにしている現実を知ってもらいたいと思います。ビジョンに対して戦略を立てるにしても、成功するか否かは院長のリーダーシップのあり方にかかっています。院長が治療技術など他の要素に優れていたとしても、スタッフの感情を正しく方向づけするという根本的なところで失敗すれば、医院経営として満足する結果は得ることはできないからです。
こういったリーダーの雰囲気や感情は数量化することが難しいために、文書にするにはためらわれます。しかし、同じような環境と条件でも、リーダーの院長の感情によって、結果がまったく違う事例を多数見てきた経験から、優れた院長は自分自身の感情が医院経営において強力な役割を果たすことを理解していました。それは、業績の向上や人材確保などの目に見える結果だけではなく、モチベーションやコミットメントなど目には見えませんが院内の非常に重要な結果にもつながっていきます。それほど感情の問題は歯科医院に関わらずリーダーシップを語る上で、最も本来的で重要なテーマと言えるのではないでしょうか。
近年、担当医師制や担当歯科衛生士制が定着した歯科医院においても、院内を流れる感情の指針としての役割が、リーダーシップの主な要素であることは変わりありません。スタッフの感情を前向きに方向づけ、さらには院内外の不満分子が発するスモッグを取り除き、地域社会からの評判や不評など、人の感情から発生されることに対して、あらゆるレベルでリーダーたる院長の役割は重要です。
それは、どのような歯科医院でも、院長がリーダーとしてスタッフの感情を左右する最大の力を持っているからです。院長の感情から、スタッフの感情へ、そして患者の感情へ、地域へと広く伝播して医院の評判がつくられます。
このことからも、戦略などを考える以上にリーダーシップのもうひとつの重要な側面が見えてきます。本来のリーダーシップは、単に仕事がきちっと達成されているかどうかマネジメントをするだけではなく、スタッフとの感情レベルでつながる共感が求められているのです。このことは好むと好まざるに関わらず、院長に求められるリーダーシップの根本的な要素なのです。リーダーシップが発揮できない院長に代わり、医療者でない院長夫人がリーダーシップを発揮している医院もありますが、そもそもリーダーの院長の感情が、夫人に伝わっていないことが多いのですから、スタッフの足並みが乱れるのも当然の結果といえます。
医院の盛衰は、かなりの部分で院長が感情のレベルで適切に対処できるかどうかに影響されます。リーダーシップの恩恵がスタッフから患者へ、そして地域へ、社会へと周囲に広がるかどうかは、戦略や戦術とは関係なく院長の感情指数にかかっています。ですから院長はリーダーとして自分の身をいかに処し、周囲との関係をいかに管理するかが求められてくるのです。
院長はいろいろな形でスタッフの感情形成に決定的な役割を果たしています。院長は院内での発言回数が最も多く、その発言はスタッフから注目され影響を与えています。身近な例では、医院内に問題なり課題がある場合、通常は院長が最初に発言します。すると他のスタッフは、院長の発言を踏まえた発言をする傾向があることからも、院長の発言は重く、スタッフを通じて医院の方向づけをすることになります。つまり、院長は医院の置かれた状況をどう理解して、どう反応するかを提示する役割の根本を担っているのです。
さらに院長の感情は、医院の雰囲気をつくりだします。感情は強烈で、一過性で、ときには院内の業務に支障をきたすこともあります。一方、雰囲気は感情ほど強烈ではなく、継続的で、業務に支障をきたすことは少ないとは言え、院内業務をするうえで看過できない重要性を持っています。それは雰囲気によってあらゆる局面での判断が変わってくるからです。同じ状況においても、明るい雰囲気の医院では、院長はスタッフの良い面が見えてくるし、スタッフ同士も同様な状況になります。暗い雰囲気の医院は、院長もスタッフも悪い面ばかりが見えてきます。すると院内には怒り、不安感、無力感といった負の感情が蔓延して、組織を混乱させ、課題どころか臨床に向かう集中力も削いでしまうものです。
歯科医院では直接的な処置と同様に患者さんとの対話が重要になっていますが、院内の負の雰囲気は、患者さんも影響を与えることになります。10数年前流行っていたワクワク型の歯科医院は、医院を思考停止にするため臨床の品質向上は望めませんが、それなりに盛業する例が多いのは、院内の雰囲気づくりに成功していたからに他なりません。職場での前向きな感情を感じる時間が長いほど、従業員の離職率が低くなるというリクルートの調査からも、雰囲気づくりの大切が見えてきます。
ここまでの話をまとめると、院長の感情が医院の雰囲気をつくり、患者さんに対応するスタッフのモラルにも影響してきます。スタッフのモラルが低下すると離職率が高くなり、患者さんの満足度が低下した結果、収益の低下へとつながっていきます。リーダーの感情のあり方が、スタッフの感情をつくり、医院の雰囲気となり、業績にまで影響してくるいわけです。医院の業績には院長の感情が起因しているのですから、リーダーシップの最も重要なことは、院長自身の感情の自覚と管理といえるでしょう。
昨今、歯科医院でリーダーシップが盛んに論じられる背景には、多くの歯科医院が従来型の修復をベースにした職人集団的歯科医院から予防をベースとしたチーム医療型歯科医院へとシフトしてきたことにあります。修復型の歯科医院では、ある手技手法の師匠を院長として、その技法を修得する弟子がスタッフという師弟関係で成立しています。それに対して、予防型歯科医院は一人のカリスマ的師匠を戴く組織ではなく、組織全体に院長のリーダーシップが醸成して成り立つ医療的組織です。そのため、院長の感情のあり方が、スタッフの感情をつくり医院の雰囲気となり、業績にまで影響してくることになります。医療の現場で優れたリーダーシップを発揮する院長は、自分自身の長所短所をわかっていて、自己管理することができます。つまり、リーダーシップは自己認識の上で発揮することができるのです。
自己認識の優れた院長は、自分の価値観、ビジョンなどを理解しています。自分が歯科医師として何のために何を目指すのかを自覚しています。自分にとって適切かどうかを判断する感覚も持ち合わせています。たとえば、経済的な魅力はわかっていても、歯科医師としての自分の主義主張やビジョンに合わないマネジメントやマーケティング手法はとらない強さを待っています。反対に自己認識に欠ける院長は、根本的な価値観が希薄なために、その時々で利益がでる制度をスタッフに強要して、その方法で利益が出なくなれば他の方法を取り入れていきます。このような院長は“なんとなくビジョナリー歯科”に多く、本人は経営的リーダーシップを発揮していると思い込み、しばしば若手歯科医師にセミナーなどで指南しているのですから始末に負えません。そして、彼らが最良とするマネジメントは、ボーナスや歩合などの伝統的インセンティブによって短期的業績の向上を引き出すという手法です。成果型評価といった外からのモチベーションだけでは、スタッフに最高最大の力を発揮させることはできないことをわかっていないのです。
それでは、スタッフに最高最大の力を発揮させるものとは何でしょうか。それは、リーダーである院長の社会認識の高さです。社会認識とは、言い方を変えれば共感する能力です。共感力がなければ、スタッフの心を打つメッセージを表明し、組織に共鳴を起こすことはできません。共鳴は、確信をもってビジョンを表明できる院長からスタッフに、そして来院者に、地域へとメッセージとして広がっていきます。それは、表明されたビジョンや考え方が社会認識に裏打ちされた本心から発したものであり、社会の価値観に深く根ざしているからこそ同心円的な広がりをみせるのです。社会認識、とりわけ共感することは、院長が共鳴を喚起する役割を果たすために不可欠な能力です。スタッフの気持ちに院長自身の感覚を同調させることによって、組織に安心感を与えたり、不満を抑えたり、高揚する雰囲気に参加したり、場面にふさわしい対応ができるのです。その中で、院長は歯科医院を導くうえで大切な価値観や優先順位を確たるものにしていけるようになるのです。その時々の流行りや儲け話によって、マネジメントやマーケティングを取り入れる院長は、いっぱしの経営者になったつもりでしょうが、知らず識らずのうちにスタッフとの波長がずれ、共感を欠き、負の反応を引き出すような言動をするのが落ちなのです。
リーダーシップを発揮する院長には、スタッフを共鳴させるメッセージ力があります。それは単に言葉が巧みであったり勢いがあったりするわけではなく、スタッフの話に耳を傾け、スタッフ視点でものを見る共感力があるために、スタッフの心に響くメッセージを送ることができるのです。たかだか5~6人のスタッフを束ねるにしても、「黙って俺についてこい」では、誰もついてこないのです。好む好まざるにかかわらず、院長になったからにはスタッフを共鳴させるメッセージ力を持たなければなりません。成功している院長をみていると、往々にして臨床力以上にメッセージ力を身につけています。メッセージを発することは、言ってみれば判断を公に示すことに他なりません。私たちは概して曖昧さを好む文化の中に存在していますが、現実を動かすには「イエス」か「ノー」の判断を示すことが必要で、それこそがリーダーとしての院長の役割です。しかし、その部分を曖昧にしたり先送りにしたりすることで現実は変わらないばかりか、スタッフは決められない院長に失望して、組織の劣化が始まります。
院長がリーダーシップを発揮するために重要なことは、メッセージを伝えやすくする環境を自らつくることです。それには、院長の社会認識=共感力をあげて、院長がわずかな言葉を発するだけで、それが何を意味するのか、スタッフが察することができるようになるまで、根本的価値観を渾身の力を込めて発し続けるしか方法はないでしょう。
「院長がリーダーシップを発揮するために重要なことは、メッセージを伝えやすくする環境を自らつくることです」と前述しましたが、このことを実現させるために、歯科院長の多くは、マネジメント力に求めている傾向があります。マネジメント力とは、人事・患者・収入・情報など医院資源を効果的に管理し運営する能力です。この能力は重要ですが、院長のリーダーシップにおける最大のパワーではありません。歯科界でリーダーとされる院長は、実は管理運営能力に長けたマネージャーがほとんどで、本質的にはリーダーではない、あるいは小粒なリーダーの場合が多いのです。小粒なリーダーを本来のリーダーシップ力のある院長と捉える歯科医師が増えていることが、長期的に歯科界を低迷させている一因でもあると思います。
リーダーとマネージャーの大きな違いは、先見力があるかないかです。つまり医院の存在や歯科医師としての方針にどういう意味があるのか、それを指し示すことができるビジョン設定力があるかないかの違いです。リーダーとしての力量は、ビジョンを提示できるかどうかにかかっていますが、マネージャーはそこのところは問われません。大規模医院でしたらそこは院長がやるべき領域ではないのです。
リーダーが本質的に求められることは、先見力です。自院の存在にどのような意味があり、自分たちの組織にどのような意味があり、自院で歯科医師、歯科衛生士、受付助手、歯科技工士の仕事の一つ一つにどのような意味があるのか、明確に意味づけできることが必要です。つまりビジョンを示せなければならないのです。
ビジョンは、院長個人の利己的は虚栄心や利益拡大のためのものであってはなりません。地域なり、社会なり、歯科界なり、何かしら医院自体が属している共同体と結びついていなければ、スタッフからはビジョンの軽さを見透かされ、そこで止まってしまいます。歯科医院のビジョンとして「地域医療に貢献」とよくホームページで公開していますが、そのホームページのブログを読みキャッチコピーから察すると、まったく正反対のイメージに変わってしまう医院がほとんどです。下手をするとそのビジョンは、院長の自分一人のためのエゴに根ざしていることを白日の下に晒しているだけの場合がほとんどです。そんなビジョンは何の役にもたたないので捨てた方がいいのです。
ビジョンとは院長を起点にして、その半径を、スタッフへ、患者さんへ、地域へ、歯科界へ、社会へと、大きい世界にむけて広げていき、望む未来を、こうありたいという展望を考え抜いて見つけ出していくものです。例えば高齢化する社会のことでもいいですし、公共的な福利厚生のようなことでもいいのです。
日々の臨床に追われていると難しいことですが、世の中を見渡すと、多くはありませんが、うまく経営者のビジョンをアピールしている企業と出会うことがあります。
リーダーの院長がフォロワーのスタッフや患者さんとともに生き生きと思い描けるビジョン。それはアイデンティティーと言い換えていいのかも知れません。そういう意味づけをする力を、院長は持っていなければならないのです。自分たちは何者で、何のために働き、生きているのかということを、はっきりと説明できることが、まず院長の基本だと思います。
何故、スタッフから見透かされるようなビジョンを掲げる院長が多いのでしょうか。
それは志がないからだと思います。どんなビジョンも志の延長線上にあります。ここに嘘や矛盾、あるいは弱さがあるため、スタッフや社会に求心力を発揮するビジョンを描くことができないのです。ビジョンを掲げる前に院長が備えておくべきことは、高い志を待つことです。院長は他者や社会に働き貢献してこそ、スタッフにとってリーダーとして価値のある存在になれるのです。
よく「リーダーは人間力、洞察力、決断力」といわれますが、このような力量は本を読んだりして身につけようと思って身につくものではありません。患者さんのため、スタッフのため、社会のためといった思いを常に持って仕事に取り組んでいくうちに、結果として身につくものだと思います。志がない院長ほどビジョナリークリニックと称して、「地域医療のために」などという傾向がありますが、その志たるやあまりに非力すぎます。志に根ざしたビジョンは一朝一夕でできるものではなく、院長の取り組みを見てきたスタッフや社会の評価に後押しされたものだからです。
だからといって、高い志を持つことを、過度にスタッフや社会のために自己犠牲が強いられると思うことはありません。むしろ逆です。私が支持する志のある院長たちは、忙しくしていますが、実に楽しそうで幸せそうです。つまり自分が幸せになることと、他者や社会を幸せにすることは対立する概念ではないのです。どうすればスタッフがイキイキと働くことができるようになるのか、どうすれば地域社会の口腔の健康を向上することができるのかといったことを真剣に考えている院長は、一様にスタッフから慕われ尊敬されます。その姿勢が、院長個人の利己的な虚栄心や利益拡大のためでなく、医院が属している共同体と結びついていることが周囲に伝わるからです。このことは院長にとって、経済的価値では計れない大きな喜びになります。つまり「世のため人のため」は、「自分のため」でもあるわけです。
「勤務医時代より自由に使えるお金も時間も少なくなり、スタッフの生活のために開業したようなものだ」と嘆きに近いことを聞くことが少なくありません。しかし、そういう考えは自分の幸せを自ら放棄するようなものに思えます。確かに勤務医時代に比べれば、開業して院長になると、全てのことにおいて責任が重くなります。関わる人が増えることで、考えなければいけないことも増えてきます。しかしそういった厄介な仕事を抱えながら、それを乗り越えていくことで、院長として成長していくのです。時に、歯科医院に院長夫人が深く関わり、厄介なことや困難なことを院長に代わって決裁している場合もありますが、実にもったいないことをしていると感じます。院長自身が決裁して困難な仕事に取り組むことで、幸せにする人の数も増えていき、感謝される機会や量も増えていく経験を院長夫人が奪ってしまうからです。そういう点からも、歯科医師は開業して困難に直面することでリーダーになり幸せになれるのです。
リーダーとしての幸せを考えるようになるのは、歯科医師が40歳を過ぎてからではないでしょうか。確かに20代・30代の時は体力もあるし覚えも速いので、一般的には40代よりも20代・30代のほうが成長スピードは速いと考えられています。しかし若い歯科医師は知識や経験が少ないので、余計なことをずいぶんやっているように見えます。一方、40代にもなれば、知恵や経験が蓄積されて、物事のプライオリティーを見極めるのがうまくなり、回り道することが減ってきます。そしてさらに大きいのは、信頼できるスタッフがたとえ少なくても育っていることです。20代・30代では自分一人で取り組まなければならなかったことをスタッフに任せられるので、若い時よりも短い時間で達成できることが増えてきます。すると、余裕ができた時間を使い、より重要な仕事に取り組めたり、医院全体のことや社会について考えたりする時間が増えてきます。
20代・30代はがむしゃらに臨床に取り組むべきと思いますが、40代の院長の仕事は手足を動かし臨床に取り組むことではなく、医院体制や社会における歯科医師のポジションについて日々頭を使うことです。思考に多くの時間を費やすことで、リーダーとして一段高い視野で物事を捉えられるようにるのです。
ですから、単なる歯科院長からリーダーになるために絶対にやってはいけないことは、プレイヤーとしての時間に比重をおくことです。小規模の診療所ではプレイング・マネジャーになることは避けられませんが、スタッフに任せるべき仕事は目をつぶって任せることが大切です。これができない限りは、院長は長時間労働から抜け出せず、リーダーとして求められる高い視点や広い視野を獲得することはできないでしょう。その結果、院長はリーダーとして自分を成長させることができなくなるのです。また、40代以降も長時間労働を続けていたら、いずれ健康も損なうことになるでしょうし、質の高い診療を望むべくもなく本末転倒な結果にります。このことは、50代以降の院長は少なからず実感しているのではないでしょうか。歯科医師にとって、40代はリーダーになる前の大切な時間であることを忘れないで欲しいと思います。
プレイヤーとしての比重を高めてしまう院長心理には、「出来の悪いスタッフに任せるよりも、自分がやったほうが速くうまい」という思いがあります。確かに短期的にはその通りですが、これではいつまで経ってもスタッフは成長することはなく、医院全体の品質を底上げすることもできません。リーダーたる院長の仕事は、個々の患者さんに対応することではなく、個々の患者さんに向き合う姿勢を教え、医院のチーム力を上げることに尽きます。
院長からリーダーになる幸せとは、スタッフの成長を実感して、医院の品質の高さを底上げする時を経験できることです。その結果、医院ビジョンは社会から評価されることになるのです。
現実把握力を磨く
前回、歯科診療所は小規模なために、院長がプレイング・マネジャーになることは避けられないことですが、40代を目途にプレイヤーの比重を下げていかない限り、リーダーとして求められる高い視点や広い視野を獲得することはできないでしょう、と述べました。これは、内心的なリーダーとしての心得ですが、プレイヤーであることに一所懸命な院長は、内心的な意味だけでなく、実務的決断も先送りする不安を抱えています。
何の苦労もなく育ってきた多くの歯科医師の特徴は決断力のないこと、と感じています。しかし、決断力のなさは育ちに由来するだけではなく、現実を把握していないことも大きな要因になっています。院長から相談を受ける際に、こちらからの質問に対して数字で受け答えしてもらえるのは、レセプト点数と自費収入程度で、多くは「~と思う」という所感の場合が多いのです。初診数、再診数、予防管理数、リコール、キャンセルなどの基本的数字や、医業収入に対する固定費、変動費、粗利などの経営数値を把握していないのです。これでは、業務改善をするにも新規計画を立てるにも、自院の現実を把握していないために判断できないのも当たり前です。判断材料を持ち合わせていないのですから、決断することができません。自院の経営数値を正しく把握していれば、対応策はいくらでも出てくるものです。つまり、現実把握ができれば、決断も自ずとできるようになるということです。
また、医院経営で泥沼にハマっていくケースは、現実を把握していない院長が決断力を発揮する場合です。赤字歯科医院の決算書の特徴は、いくつものリースやファイナンスの会社名が並んでいること、そして、再リースした機材が多いことですが、これらは自院の決算内容や機材の使用頻度、臨床重要度がわからないまま、メーカーや材料店の勧めで機材を導入してしまった結果です。引退を考える時期の歯科医師が高額医療機器をリースで購入しているケースなどは、まさに自分の現実把握ができていない典型です。
先に「経営数値を正しく把握していれば、対応策はいくらでもある」と述べましたが、臨床をしながら現実を把握することは簡単なことではありません。スタッフ、人口動態、競合歯科、顧客満足など、さまざまな要素が重なり合って、医院目標が達成できたりできなかったり、医院収支が黒字になったり赤字になったりするわけです。そのため、それぞれの要素がどのように絡み合って結果を引き起こしているのか、現実を認識することこそが、院長の仕事です。成功できない院長の特徴は、経営判断するための数字が少ないために決断するまでに時間がかかること、あるいは本当の原因を取り違えて決断していることです。それもこれもプレイヤーとして一所懸命なために、現実判断する時間がない毎日を過ごし、その能力を磨いていないことが原因です。
経営理論を鵜呑みにしない
臨床家としてばかりでなく経営者としての能力をつけるために、経営書を読んだりコンサルティング会社の経営塾に参加したりしている院長も少なくありません。院長が経営理論を学ぶことは、現在の歯科医院の経営環境を考えれば大切なことかもしれません。しかし、注意しなければいけないことは、理論に従って物事を進めようとしても、実際の経営は上手くいかないことです。
私にも失敗経験があります。30代の頃にMBAを取得するため、当時経営理論の流行りになっていたボストンコンサルティンググループのポートフォリオに夢中になったことがあります。ポートフォリオとは、「市場成長性」を縦軸に、「市場における事業の占有率」を横軸にして4象限のマトリクスをつくり、展開する事業がどの象限に位置するのかを分析するものです。たとえば、「A医院はかかりつけ歯科として患者占有率は高いが、地域過疎化が顕著なA医院診療圏では、市場成長性が低いために新設ユニットの増設は抑えるべき」といったように判断をしていくのです。
私は、歯科医院の新規開設、PR、マーケティングなどを考える度にポートフォリオに落とし込んでいました。しかし経営修士をとった数年後には、「バカなことをしていた」と後悔しました。歯科医院経営は、市場成長性と市場占有率だけで決まるほど単純なものではないのです。歯科医院は小規模な組織だけに、院長やスタッフの士気、競合医院の強弱、医院の技術レベルなどの影響を強く受け、一般企業の事業展開のように市場動向が優先されるものではないからです。さらに、現在のマイナス成長の歯科医院経営環境では、経営理論だけで乗り越えていけるものではないのです。経営は決断の連続です。
理論をカバーするためには、自分の頭で現実を把握して決断をすることです。
リーダーとしての歯科院長の仕事とは3【2018.08.27~】
武道・スポーツ・芸能・芸術など、手本となるような動作や体勢のことを「型」といいます。このことは、先の世界に限らず、様々な「道」や日常生活にもあります。箸の持ち方、はきものの揃え方、公共スペースでの振る舞いなど身近な所作にも「型」があるように、職場にも働くための「型」があります。「時間を守る」「きちんとあいさつをする」「相手の好意に対してお礼を言う」「ミスをしたら謝る」「嘘をつかない」こういったことに加えて「整理・清掃・整頓」は医療現場で仕事をする上で、守らなければならない常識です。歯科医院で3Sや5Sを徹底するのは、安全で効率的な仕事をするための「型」を身につけるためです。しかし、業務マニュアルや院内システムが揃っていても、仕事の「型」を持ったスタッフは多くはいませんし、そのことに目を向ける院長も少ないように感じます。
人が物事を習得する上でのプロセスを示した「守・破・離」という武道などに使われる用語があります。業務マニュアルは「守」にあたり、院内システムは「破」にあたりますが、「時間を守る」「お礼をいう」などは「守」以前の所作の「型」にあたります。所作の「型」を持っていないスタッフに対して、「守」のマニュアルや「破」のシステムの実践を求めている院長がいますが、それはリーダーとして物事の道理に暗いといわれても仕方がありません。歯科医院のマニュアルやシステムなど外形を作成するのは難しいことではありませんが、その実践となると上手くいかない場合があります。それは働く「型」を持った人材が、その歯科医院には少ないために内実が伴わないからです。
なぜでしょうか?院長がスタッフのことに無関心なため、例えば時間を守ることができないスタッフを見過ごしていることも一因です。院長がそんなスタッフのことを見過ごしていたらどうなるでしょうか。「あの人も時間を守っていないのだから、自分だって…」という空気が蔓延し、医院全体がすっかりルーズな雰囲気になるはずです。余談ですが、このことは診療予約時間通りに診療室に通すことができない医院に遅刻・キャンセルが多いことにも相似しています。ですから院長は常識的なことほどスタッフに厳格にも守らせることが大切になります。たとえば時間を守ることについては、「無断遅刻はしない」「約束の期日は守る」「ミーティング開始に遅れない」といった基本的なことを徹底させることです。院長の中には、マニュアルやシステムを作ることが、いっぱしの経営者としての仕事と勘違いしている向きもありますが、まずスタッフに働く「型」を求め教えることが院長の仕事です。
スタッフに求めるからには、時間のことならば、院長も診療終了時間をオーバーしないようにすることが求められます。ぎりぎりまで時間を使って診療をしようとすると、どこの医院でも必ずといっていいほど時間オーバーをしています。院長の患者ファーストな気持ちはわからないでもありませんが、いつも予定時間を超えて診療をすることは、スタッフの貴重な時間を奪うことにつながり、院長のそういった姿勢からスタッフは医院への帰属意識が薄れていきます。診療予定時間を常にオーバーしている院長には「残業代を払っているから許される」という意識がどこかにあるようですが、自分に都合よく考えすぎです。スタッフに時間厳守を義務づけるのなら、まず院長自身が率先して時間を守りスタッフの権利を尊重しなければなりません。
率先垂範は時間厳守だけではなく、「あいさつすること」「お礼を言うこと」といったことも同様です。リーダーの院長が基本的な「型」を大事にしている医院は、スタッフも大事にするものです。働く「型」のないルーズな医院になるか、引き締まった医院になるかは、すべて院長次第なのです。
「あいさつすること」などの「型」を持つことで忘れられないエピソードがあります。私がMBAとして経営を科学的アプローチで捉えていた青かりし頃、経済を人間的視点で語った経済学者の宇沢弘文さんの著書を読み「自分は何もわかっていないな」と頭をガツンと殴られたような衝撃を受けたことがあります。国際的な経済学者の宇沢さんの数字ではない人の心からのアプローチ、そして見えないものを大切にする東洋的思考に興味を持ったのです。その頃、自宅から車で数分のところに中曽根元首相たちが座禅に来るお寺があることを知り、東洋的思考に一脈通じるものがあるのではと短絡的に思い、その座禅会に参加していた時期がありました。
そこでの講話を聞き、30代にしてようやく「型」を持つことの大切さを心底納得することができました。様々な環境で育ちそして生活している私たちは、取るに足らないことでも何かのはずみで、「その人の顔も見たくない」「口も聞きたくない」状況に陥ることがあります。情報が錯綜している現代ならば尚のことです。その気持ちのまま再び顔を合わせたならば、お互いに不愉快になるのがオチです。しかし、あいさつを「型」として身につけていれば、「顔も見たくない」相手にもあいさつをすることで、顔も見たくないという「我」が取れ、自然と「無我」の状態になれるというのです。あいさつが不調和な人間同士の調和を取り戻すきっかけになり、あいさつをした人の心は、しないよりもずっと穏やかになれるのです。「型」に従うこと、つまり型どおりにあいさつすることで、「口も聞きたくない」という自分本意な都合を無理なく取り外せるという話でした。
現代の歯科医院経営では当たり前になった業務マニュアルや院内システムですが、その前提にある社会人として働く「型」を忘れがちです。「型」は往々にして家庭の躾や学校教育で身につけてくるものと思いがちですが、そうでない人材が歯科医院にはたくさんいます。2・6・2の人材セグメントの下の方の人たちに働く「型」を持たせることが、歯科医院経の成功の第一歩です。「型」を持った人材が増えることで業務マニュアルや院内システムも生かされ、「守・破・離」の「離」のステージに歯科医院を向けていく体制が整うことになるのです。
社会に目を向けてみると、日本の製造業が目に見えて衰退して、目を覆うような不正やミスが頻発している背景には、働く人の疲弊が一因となっていると指摘されています。それでも日本の企業経営者は、いまだに長時間労働が企業利益につながると考えている傾向が見てとれます。労働時間ではなく成果によって賃金が決まる「高度プロフェッショナル制度」などその最たるものと懸念されています。この政策を作り出す大企業経営者と政府の後進性には辟易とする歯科医師は少なくはないはずです。しかし、経営者として歯科院長の立場となると、そうはいかなくなるようです。
長時間労働は組織を衰退させる以外の何ものでもない。正しくは、今ではそう思えるようになったというべきでしょう。私自身、社会人として働くようになって事業者として独立するまで、電通の鬼十則を行動規範とするように、時間という概念に縛られて仕事をするのは仕事ではなく、単なる作業と考えてきました。ですから独立して経営者になった時、時間=賃金という考えに縛られ働く人は、能力以前に社会人としての考え方がなっていないと感じたものでした。エネルギー革命が峠を越えた21世紀は、「エネルギッシュ」という言葉も、徐々に褒め言葉ではなく、環境に対する労働の暴力という側面が避けられなくなっている時代の経営者としては全く失格でした。
当時、私の事務所でアルバイトしていた学生は、東大生をはじめ優秀な人材が多かったのですが、いざ卒業となると大手企業に就職するのが規定路線でした。安定性を考えれば当たり前なのですが、ある時、一般大手企業ではない歯科メーカーのG社に就職を決めた女子学生にその理由を聞いてみると、朝アルバイトに来ると事務所の床に寝袋で寝ているスタッフがいる職場は、「寝る暇がないほど盛業しているというよりも、生産性のバランスを崩している」と指摘されました。中小のG社にまで人材が流失する現実に、自分の経営者としての先進性やバランス感覚が、いかに21世紀のスタンダード経営から乖離しているかを痛感したものです。
歯科医院でも以前の私の事務所のような後進的な労働環境をよく目にします。今では院長となっている歯科医師も、自分自身が徒弟制度で勤務医時代を過ごしてきた場合、スタッフの長時間労働に関しては、常識の基準がズレている人も少なくありません。あるいは、小規模法人歯科で勤務してきたり分院長を経験してきたりした人の中には、コンプライアンスなど知ったことではなく、確信犯的に労働基準法破りをして収益を上げようとする傾向もみられます。
どのような理由があるにしても、スタッフに長時間労働をさせる院長の特徴は、
- コンプライアンスの欠落
- 経営感覚の欠落
- 想像力の欠落
- 責任感の欠落
という傾向が顕著です。その根底には長時間労働=生産性の向上という90年代の古びた経営感覚があります。
いかなる理由があっても、残業時間の上限や手当など労働基準法で決まっていることに従わず働かせているとしたら、法治国家の社会保険医として常識が欠けています。また仕事はコストと成果のバランスが求められますが、成果に比べてコスト(残業時間や手当)がオーバーしているとしたら、経営のバランス感覚が欠けているのです。さらにスタッフに常習的に残業をさせているとしたら、スタッフのプライベートの時間を奪い、健康も損なう可能性もあります。つまり健康リスクまで思いが至らないのは、想像力が欠けているからです。さらに毎日のように残業しているスタッフがいることを放置している院長は、経営者として責任感が欠けているのです。その上、特定のスタッフだけ毎日残業をしているケースは、マネジメント能力も欠けているといえます。
医院で残業が当たり前になっているとしたら、現代の経営者として院長自身の常識、バランス感覚、想像力、責任感が欠けている証拠です。こういう状態に陥ってしまったら、院長自身が意識改革をするだけではなく、院長の偏見を許してきたスタッフにも意識変革を促す必要があります。残業を減らし有給休暇を当たり前に取得できる医院にするには、長時間労働は諸悪の根源であるという意識をスタッフにも植え付けなければ医院は変われません。
「そうはいっても現実には」という声も聞こえてきそうですが、多少の出血は将来のため覚悟するのが経営者の度量です。しかし、心配は要りません。数件のクライアント医院の会計事務所に頼み、1年間のスタッフの労働量(時間)と成果(売上)の相関グラフを作成してもらったところ、労働時間を多くすることで生産性が上がることはありませんでした。むしろ長時間労働でスタッフが疲弊して退職する、そして新規採用を繰り返すコストの方が医院経営の負担になっていました。長時間労働信仰はスタッフを疲弊させるだけではなく、経営者からは考える力を奪っているのです。
最近では長時間労働に警笛を鳴らすように、トップアスリートからは長すぎる練習時間に疑問の声が噴出しています。現役メジャーリーガーのダルビッシュ有は「球児よ、がんばり過ぎなくていい」と、日本の高校球児にメッセージを送っています。ダルビッシュ自身は高校時代から納得のいかない練習は断固拒否してきました。練習は質こそが重要で、全体練習は3時間もやれば十分。週2日は休みをとるべきで、自分で考える時間を持つことがアスリートとしての成長につながると言っています。また、元読売ジャイアンツのエース桑田真澄も、東大野球部のコーチをしていた当時、休日に12時間を超える東大の練習時間を長すぎると指摘しています。長すぎる練習時間はただでさえひ弱な東大の選手を疲弊させ、選手は無意識のうちに手を抜くことを覚える。過度の長時間練習によって東大の選手は野球が下手になっていると言います。
ダルビッシュも桑田もともに、指導者から強いられる長時間の練習が、選手を疲弊させるだけではなく、考える力を奪い、結果として競技力を低下させることを指摘しています。「練習」を「労働」に置き換えても同じことが言えます。しかし、ようやく変化の兆しも見えてきました。クロネコヤマトが、人手不足と配達量の増加から配達時間指定枠を縮小したこと。やはり人手不足と人件費の高騰から、24時間営業をやめる飲食店が相次いだことなどです。歯科界でも夜間診療や休日診療をやめる歯科医院が増えてきました。
どこまで「患者ファースト」にしたら新たな歯科需要が喚起できるのかわからない。それ以上に人手不足と人件費負担で歯科医院が疲弊していった結果、夜間診療や休日診療は減少していったのです。歯科診療時間の供給(労働時間の増加)が新たな需要を生み出したのは、90年代の話です。人のためであれ、自分のためであれ、自分の生活や人生に負担をかけ、重荷になること(結婚や住宅所有など)はやらないという基準から「働くこと」を値踏みする世代が中心となりつつある日本社会で、歯科院長もスタッフの疲弊を見過ごしていたのでは、院長失格の烙印が押される時代になったことを認識しなければならないでしょう。
リーダー(院長)はディレクター兼プロデューサー
医院の業務改善や新規開業の組織づくりに取り組んでいると、院長がプレイヤー(職人的技術者)から脱し切れていないなと思わせられる局面に、しばしば遭遇します。
このことは、歯科のような専門職に携わる人の特色であり、もちろん、善し悪しの二元論で片付けるべき問題でもありません。むしろ専門職に徹する歯科医師の方が、患者からみれば、個人的には治療をお願いしたいタイプの歯科医師であったりもします。
しかし、経営が絡んでくると、事はややこしくなります。
医院を運営していく上では、院長がプレイヤーとして良い診療を施すことは基盤として大事ですが、それ以上に経営者(ディレクターあるいはプロデューサー)としての利益確保の視点が求められます。
つまり事の是非や、好むと好まざるとにかかわらず、いわゆる「赤ひげ的経営」は今の時代には成り立ちません。幸か不幸か、そんなことは夢のまた夢でしかないというのが、歯科界の現状だからです。
歯科医師としての院長が、医師としての自らの原点を、患者への奉仕を信条とするプレイヤーの立ち位置に求めようとする志は、もちろん尊いものです。ただしそれが、経営者としての判断や決断に先行するものであっては決してならないということ。それがリーダーとしての院長の仕事の第一義なのだということを、まず改めて認識していただきたいと思います。こう言うと、経営主導の医療機関を推奨しているようですが、そうではありません。予防を基盤とする医院経営にするための考え方のコツを伝えているのです。
クリニックは院長がプロデュースするステージ
演劇や映画の世界ではディレクターとは演出家や監督に当たり、プロデューサーは制作責任者に当たります。
これを医院に当てはめてみますと、院長は基本的にディレクター兼プロデューサーであるべきだといえます。あるいは歯科によくあるケースではディレクターが院長夫人、プロデューサーが院長というのもあります。そしてスタッフは俳優(プレイヤー)です。これがまともな映画をつくる陣容です。
古いところでは勝新太郎、現在では北野武など監督兼俳優で評価の高い人はいますが、これとて小津安二郎や黒澤明クラスの定着した評価ではありません。
話を戻します。院長が勝新やたけしを目指していては、大きく成功する確率はかなり低くなるというのが、歯科界の現状だということです(成功の大小が売上だけで決まるわけではありませんが、売上的基準は8,000万円を分岐に考えてください)。
大きく成功したいと思うのであれば、監督専任の黒澤や小津がベストであることを再認識していただきたいのです。
大きな成功を目指す院長ならば、俳優であるスタッフの能力や資質はもちろんのこと、彼らがキャリア志向なのか否か、性格や趣味、健康状態など、スタッフのことを全人的に把握しておかなければなりません。そのうえで来院者の満足をプロデュースするのが院長の仕事です。
それをいかにスタッフに指示して、最大限に力を発揮させ成果を上げていくのか。そこが院長の手腕です。
時には院長とスタッフの意見が衝突する局面もあると思います。しかし、プロデューサーである院長が確固とした方針をもってスタッフと向き合えば、スタッフはおのずとついてくるものなのです。
院長の確固たる方針がなければ、スタッフは安心して働くことができません。そして確固たる方針を示した上で、なお頑なについてこようとしないスタッフが大勢を占めるのであれば、そこが潮時として方針を撤回するようなドライさも、プロデューサーには時に必要です。
ルーティン・ワークに逃げていないか
「考える」ことや「決断する」ことが求められない、決まりきった仕事をすることで手一杯で、本来の院長業務ができていないという院長は意外と多いものです。決まりきった仕事とは、アポイント管理・リコール管理・レセプト業務・5S・材料発注・スタッフ出勤管理などです。どれも医院運営には大切な業務ですが、問題はそういった業務を誰がしているかです。
こうしたルーティン・ワークはもちろん院長の仕事ではありません。院長が指示を出して、スタッフにやらせる仕事です。ところがスタッフの能力不足や人手不足を理由に、ルーティン・ワークを院長自らがしているケースが意外に多いのです。
ルーティン・ワークをしていれば、確かに仕事をしている気にはなるでしょう。しかしそれは、院長の仕事としては「逃げの仕事」でしかないのだと自覚してください。院長には院長でなければできない、なすべき仕事があるはずです。院長のなすべき仕事とは、医院方針を固め、そのための経営戦略を立て実行支援することです。
求められるのはレセプト業務をすることではなく、その戦略をもとに医院の戦術を練ることです。つまり、スタッフがルーティン・ワークをしている間に院長は「次の展開」を考えるのです。「今」の仕事はスタッフに任せ、「先」の展開を考えることが院長の勤めです。地域人口動態が変わってきたので診療体制を考え直す、人手不足のため労務管理を一新する、医療保険制度の改訂があるので診療の流れを変える、競合歯科ができたのでマーケティング体制を強化する、自身の診療体力や視力を考えて経営方針を変えてゆくなど、院長にはしなければならない仕事がたくさんあります。可能な限りルーティン・ワークは減らして、患者さんと医院全体のことを考える姿勢が院長には求められるのです。
「今」と同時に「将来」を見せられる院長になる
医院経営の難しさは、売り上げの獲得だけが上手な院長に対しては、スタッフが冷たい視線を向けがちだという現実をみてもよくわかります。基本的にはなによりも院長の診療に取り組む姿、熱意を見て、スタッフは院長を尊敬し、ついてきてくれるのです。さらに自分たちの生活が十分に成り立つだけの売り上げを生む仕組みも構築してくれる院長は、より尊敬されます。札束のことしか頭にない姿勢の院長のもとには、札束でしか動かないスタッフしか残りません。
医院経営の成長曲線は短期的に上がることも多いものですが、下がるのも早いのが通例です。大きく成功するには、月次の売上や利益目標も大切ですが、それだけではスタッフはついてきません。スタッフに医院の具体的な将来展望(夢)を語り、夢を共有するスタッフを一人でも多く育てることが、成功への王道的なステップです。将来への展望を夢で終わらせないためのビジョンを具体的にし、ひとつひとつ実現されていくのを目の当たりにする体験を経ることで、先に挙げた月次目標の達成がいかに大切なのかを、スタッフはより深く、肝に銘じながら理解していくのです。
「今」の数字が「将来」の数字に通じているのだという確認をスタッフと共有できたら、今度はスタッフに仕事を任せる度量を院長が持たねばなりません。
しかし実際は歯科医師としての技量が優れている院長ほど、「人には任せられない」という傾向があります。
いくら優秀な院長でも、一人では修復を主体とした医院では年間売上7,000万円程度が限度です。より大きな成果をあげるためには、スタッフに任せるべきことは任せるという割り切りが必要です。思い切って任せる度量がまた、スタッフを育ててもいくのです
ルーティン・ワーク標準化の重要性
院長が経営者たる仕事をまっとうするためには、日常的なルーティン・ワークから解放されることがまず必要です。そのためには、スタッフを「猫の手」から「人の手」へと変えるハードルをクリアしなければなりません。お手伝い感覚ではなく、すべてのスタッフが主役となり、人が変わっても誰もがほぼ同じような水準で遂行できるようなルーティン・ワークの《標準化》です。
標準化といって真っ先に思い浮かぶものはマニュアルですが、私は医院のマニュアルの多くを見てきて「なぜこんなことまで、手順や指示が必要なのか」と、不思議に思うことが再三ありました。しかし、この客観的な視点から不思議に思われる「なぜ」を、スタッフの目線で解決することこそが、マニュアル作成、スタッフ育成の真髄といえるでしょう。
既成のマニュアルにみられがちな欠点
医院のマニュアルを見せていただくと、「これは明らかにファーストフードのマニュアルの流用だな」とわかるマニュアルが少なくありません。
ファーストフード・チェーン店のマニュアルに共通する最大の特徴は何か?
それは「こうしなさい」ということばかり書かれていて、「なぜそうするのか」ということは書かれていないということです。
年齢も人間としての経験も能力もまちまちなスタッフを一律的に標準化するための、苦肉の策ともいえますが、みんなに同じこと(決まりきった同じ挨拶、同じ笑顔などをすることなどにより、形だけ同じ応対品質を実現しようとするような)をさせるのが「標準化」だと、ファーストフード業界では割り切って捉えているのです。
そのようなマニュアルを参考に作成された医院のマニュアルにも、当然、「なぜそうするのか」ということが書かれていません。患者を診療室に通したら、挨拶をして、基本セットを患者の目の前で開けて、エプロンを掛けて……など、手順や患者への接し方だけが書かれていて、その手順や接し方をする理由や背景が書かれていないのです。
これでは書かれたマニュアルに当てはまらない患者への対応や、スタッ自身のマニュアルへの理解が未消化だった場合などには、どう対処したらよいのか途方にくれてしまいます。それが歯科に集まる人材の平均像の現状です。
医院では、マニュアルをベースとしたロールプレイや実地研修などが十分にできないのが普通です。ですから既成のマニュアルを使用する場合には、医院独自に手順の理由(それは院長自身の経営理念が反映された、院長の求めるスタッフ像を説明することに他なりません)を入れて、カスタマイズしなければなりません。
手順の理由が書かれていれば応用がきく
マニュアルにその手順を踏む理由が記載されており、それを読んだスタッフがその理由を理解していたとしたら、患者個々の言動やその時々の医院状況にも柔軟な対応ができます。つまり「応用」が効くのです。私たちの学生時代のテスト体験を思い出してください。丸暗記は少し複雑な文章問題にはお手上げでしたが、「理解」→「暗記」は、あらゆる問題に「応用」が効きました。マニュアルも同様なのです。応用ができれば、例えば消耗品や歯科材料が切れていても、何を代用すればよいのか、あるいは手順の入れ替えなどをスムーズに行うことができます。スタッフを「いつまでも指示待ち」の「使えない人材」にしないで済むのです。
「なぜ」がわかるとスタッフが自ら動き出す
マニュアルに限らず、理由を説明することは、スタッフにどのような指示を出す際にも大事なことです。
私の経験からもこれがなかなかできないものなのですが、新人スタッフや未経験者には、特にこのことを大切に考え、示してあげなければなりません。理由を示さずに手順の遵守だけを求め続けると、スタッフの仕事へのモチベーションは上がってきません。マニュアルの「なぜそうするのか」を説明することは、スタッフ育成の最重要ポイントのひとつです。
仕事を組み立てることの喜び
「なぜ」が理解できると、スタッフ自らが仕事を組み立てることができるようになります。自ら考えて試行錯誤した結果、成果に結びつくことは、仕事をする上で大きな喜びをもたらします。院長自らの経験に照らしてみても、それは異論がないところでしょう。
実際の歯科の現場では、例えば歯科助手は単なるサポート要員、便利屋にすぎないケースが多いというのが実情です。しかし、大きく伸びる医院は医療資格者でない歯科助手を、仕事の喜びを知る機会の多いポジションに配置していることに気がつきます。
「無資格者をそんなポジションに就かせることは怖い」などと言われることもありますが、マニュアルさえきちんとしていれば、ミスも最小限に抑えることができますから、少しは責任の生じる仕事でも任せる気持ちになれるはずです。
改めて問われる「リーダーの仕事とは何か」という命題
マニュアル作成の最終成果は、スタッフに仕事をする上での喜びを体験させる、つまり仕事をすることの幸福体験をさせてあげることです。スタッフの仕事上の幸福体験は、医院の業績向上にダイレクトに跳ね返ってきます。
ただただ「ああしろこうしろ」といわれ、理由もわからずにそのことだけをしているスタッフは「猫の手」と変わりありません。
決して神経の行き届いた患者対応はできないはずです。場合によってはアポイントを絞ってでも、院長が手取り足取り指示説明する必要があります。ある予防歯科の大家の院長は、自らの口腔をモデルにして、スタッフに「なぜ」を教えていました。
院長の仕事は、ひとつひとつの業務に「なぜそうするのか」を明記し、スタッフの心に伝え、「スタッフを猫の手から人の手に変えること」なのだと心得てください。
リーダーとしての歯科院長の仕事とは4【2018.11.27~】
首都圏の法人歯科から、年度目標について相談を受けたことがあります。ある会計事務所を介してその理事長と面談すると、「急成長しているので、各分院長が指針とできるプロセスとガイドラインが欲しい」と切り出され、「来期の法人目標は、売上8億円で6軒目の分院を開設しようと思いますが、どうでしょう?」と相談を受けました。初対面で法人組織のことは財務諸表以上のことはわからないため、考える時間として1ヶ月の猶予をもらい、法人の現場を構成する各分院長と主要スタッフと面談をしました。問題解決のヒントは必ず現場にあるからです。その結果、年度目標を「コンプライアンスを遵守して、売上8億円、分院6医院展開」と、法人理事長に提案しました。というのも、この法人の利益は、残業代未払い、有給休暇未消化、社会保険の未加入といったスタッフの犠牲の上で成り立っていることが、面談してわかったからです。さらに保険請求の仕方にも問題があり、スタッフは危惧していました。もちろんこの法人が売上を伸ばしているのは、他のプラス要素もあります。それでも、このような状態で売上と規模拡大を目指して、「売上8億円・分院6医院展開」を目標にしても、スタッフの士気は上がるはずがありません。スタッフに対して法人の求心力を保つためにも、「コンプライアンス遵守」という規律を目標に加えたのです。これによって年度目標は、スタッフにも多少は受け入れてもらえるものになりました。
医院の規模に関わらず、医院目標はスタッフの感情を動かすものでなければ意味がありません。しかし、たいていの歯科医院の目標は、それを達成するのに必要な人たちの感情と切り離されています。「地域の健康に寄与する」と漠然としていたり、「売上○億円達成」などと経営目線であったりして、ほとんどの目標がスタッフに共感してもらえないお題目になっています。目標に対して感情的な思い入れや共感がなければ、スタッフのやる気に火がつかないのです。目標が何を意味するのか、一体何のためなのか、なぜ必要なのかを理解しなければ、スタッフはがんばろうとしないのです。
往々にして歯科院長は、医療サービスを提供するスタッフよりも、医院経営を構築するための戦術やテクニックばかりに注意を向けがちです。マーケティング、ブランディング、最新歯科医療といった経営的要素に気をとられて、それを実現するのに欠かせないスタッフの情熱、やる気、目的意識といったことから目をそらしています。いくら戦術やテクニックのような試みを考え出しても、それぞれの目標に向かって努力し続けるのはスタッフです。スタッフがなぜこの歯科医院で働いているのかを心底知ることで、目的意識がスタッフの背中を押し、果たすべき仕事を成し遂げられるのです。ですから、スタッフの目的意識を後押しするような医院目標が必要になるのです。
お題目のような目標では、いくら高待遇にしても、スタッフは猫の手以上の働きはしてくれません。人は誰でも自分の夢や、社会に変化をもたらす大きな夢を叶えるために働きたいと思っています。こう言うと、懐疑的な反応が返ってくることが多いのですが、私たちは歯科医院で働くスタッフの意識を低く見すぎています。意外とそんなことはありません。むしろそれは、院長が真剣に目標設定をしていないから、スタッフの意識が上がってこないのです。大きな目標が実現したとき、スタッフはとても大事なものを見つけることができ成長するのです。スタッフの成長を促す目標設定ができなくては、医院も成長しないのは言うまでもありません。
反対に医院の努力が報われずに、利益の減少や士気の低下、計画の遅延が生じるとき、問題は見かけよりもずっと深刻で、医院組織やそのスタッフが大きな目標を見失っているのです。このような場合、人件費や人材育成の経費が削られがちですが、実はそれこそが、これまでの成功を導いた要因であることが多いのです。結果を出そうとして、簡単に手に入る戦術に頼る間違った選択することが起きがちです。もちろん戦術を決めることも、ひとつの方策には違いません。それでも、戦術は目標を実現する手段にはならないのです。目標を実現するのはスタッフだからです。
物事がうまくいかないとき、その問題の真の原因は戦術ではなくスタッフにあることがほとんどです。そんなときは、スタッフがなぜこの仕事をしているのか、何をなそうとしているのか見失っているのかもしれません。設定された目標が最初からわからなかったり、途中でそれを見失ったり、目標自体を信じられずにいるのかも知れません。問題を解決し前進するには、目標の意味を再考して、場合によっては目標設定を変えてもいいのです。ときには、自分達でつくりだした目標自体に足をとられてしまうこともあるからです。
ある医院で、「アポイントが埋まらない、キャンセルが多い」という歯科医院では起こりがちなことが問題になりました。このままでは目標としている数字を達成することができないと、簡単に手に入る戦術の一つの予約サイトへ登録をしたのです。すると当日に予約してくる人は増えたのですが、当日のキャンセルのケースも多くなり、医院は混乱しただけでした。目標設定の意味を見失い、簡単に手に入る戦術に頼り、目標自体に足をとられてしまったケースです。「自院にはどのような患者が来院して、どのようなサービスを提供するのか、そしてスタッフがなぜこの仕事をしているのか、何をなそうとしているのか」といった目標設定の背後にあるものを院長自身が見失って医院は迷走したのです。
低迷する歯科業界の中で、医療的な価値観だけは素晴らしい医院とお金儲けだけは上手い医院に、二極化されてきています。しかし、診療所経営は院長の医療者としての価値観を前面に押し出し、経営的な結果も出さなければならないからこそ面白いのです。医療と経営を両立している歯科医院から学んだことは、目標設定を考え抜いていることです。その目標がスタッフの気持ちを動かしていることです。安直な目標設定をして耳ざわりのいい戦術論を語る前に、目標を真剣に考え抜いてみてはいかがでしょうか。
歯科医院の働き方改革【2018.12.25~】
今後、歯科医院が経営を維持していくには自院が置かれている状況を冷静に把握することが欠かせません。それは診療需要に留まらず、人事・労務管理の面でも同様です。歯科医院の継続や診療品質向上には、優秀な人材や労働力の確保が必要なことはいうまでもありません。しかしここ数年、歯科医院の大半で労働力が不足している状況にあることが大きな問題です。歯科医院の労働力不足は、歯科衛生士から始まり、歯科医師そして受付・助手と範囲は広がり、歯科医院の運営に支障をきたしつつあります。
労働力不足は地方に限ったことではなく、最近では歯科大・歯学部、歯科衛生士養成校も多くあり、求人倍率が低い首都圏においても、採用枠が埋まらない厳しい状況です。人材はどこにいってしまったのでしょうか。周知のように労働力不足は地域や業種の別に関係のない問題になっており、歯科医院同様に中小企業はどこも従業員確保が深刻な問題です。その深刻さを数値化してみます。商工中金の雇用の過不足感の調査(2017年)によると、「適正」と感じる企業が約36%に減り、10年前には「大幅に不足」「やや不足」が16.6%だったのが58.7%と増えています。このような状況において、家族経営主体の歯科医院は、求職者には敬遠されがちで、受付や助手の確保も難しくなっているのが現状です。
そこで4半期ごとに実施している「中小企業景況調査」から、産業別の従業員数の過不足DIを見てみましょう。(図表1)DIとは今期を前期と比べて、プラスの企業割合からマイナスの企業割合を引いた数値です。これを見ると、全産業で2012年後半あたりからマイナス傾向が続いています。直近の2018年でも全産業がマイナスで、7期連続マイナス幅が拡大しています。中でも「従業員の確保難」が深刻な上、進行しているのが建設業で、続いてサービス業・医療・介護関連です。
図1
もともと中小企業の場合、大手企業と比べて知名度も雇用条件も低いため、新卒採用が難しいという事情があります。そのため中途採用に頼るわけですが、こちらの採用も思い通りにできなくなっています。さらに医療分野に関して日本では、外国人医師の医療行為は、公衆衛生確保の観点から医師法等において原則として認められていません。歯科衛生士の雇用も就業用件を満たすのは現実的ではないために、歯科医院の従業員確保は他業種以上に難しくなるばかりです。
現在でもこのような状況ですから、労働人口がさらに減少し、とりわけ若い世代の人数が減っていく将来は、歯科医院の労働力不足は今以上に深刻さを増していくことでしょう。家族経営主体の歯科医院において、院長家族が豊かになるために勤務医・歯科衛生士・歯科助手を僕(しもべ)のように使っていける時代は、労働力確保の視点から終焉を迎えています。歯科院長は、人というリソース(資源)には限界があることを肝に銘じた上で、これからの時代の医院経営をどうするべきかを考えることが肝要です。求人サイトへの登録、公的機関への求人、歯科大学や歯科衛生士養成校への直接求人等を行っている医院は多いですが、それでは現状維持のまま労働市場の崩壊の流れに身を任せているだけで、自院の従業員確保の主体的取り組みとはいえません。
それでは人口減少時代に、歯科医院に求められることは何でしょうか。
- スタッフを大切にする
- スタッフの仕事領域を明確にする
- 仕事の効率化・自動化
の3つです。これらを念頭に、労働力不足をカバーし、生産性を上げるための人事・労務戦略について見直し、今後の方向性をさぐっていくべきです。歯科医院が生産性を上げるために使えるカードの「保険適応範囲の拡大」「人口増加」「高齢化」はマクロ環境に影響され、歯科医院に残されたカードは「医療技術の進歩とITの発達」と「人事・労務」マネジメントしかないのです。
「1億総活躍社会」の実現を掲げる安倍政権にとって、日本経済の再生に向けて最大のチャレンジが「働き方改革」であり、働き方改革こそが、労働生産性を改善するための最良の手段と位置付けています。2014年、安倍晋三内閣は、医療・介護などの健康関連分野を成長市場に変えていくことを国家戦略の重点課題としました。このことから従来のシックケア主体の医療からシックケアとヘルスケアを両輪とした医療体制を基盤として、健康な労働力を市場に確保する新たな社会システムの構築が始まりました。
そのための長期的かつ継続的な実行計画に基づき、今後は労働基準法の改正を含めた各種施策を講じ、法整備が実施されていきます。各産業はこれらの改革に則した対応が求められるため、政府が目指す働き方改革の概要とその方向を確認しておくことが求められます。労働市場を一とする歯科医院も例外ではありません。図2を参考に自院にはどのレベルの改善が必要か認識してください。歯科で時々見受けるのは、レベル1をクリアしていないにも関わらずレベル5に取り組んでいるケースや、レベル5に取り組みレベル1を悪化させている状態です。ステップ・バイ・ステップは業務改善の鉄則です。
現状において日本経済の成長を困難にする原因として、
- 少子高齢化による人口の減少
- イノベーションの欠如による生産性の向上の低迷
- 革新的技術への投資不足
の3つが挙げられています。
まず、1.の人口減少問題を歯科医院で克服するには、およそ140,000人いるとされ、その50%以上が歯科医院への再就職の意向がある休眠歯科衛生士層の掘り起こしをすることです。再就職への障害となっている第1位が勤務時間でした。歯科衛生士の子育てに準じたフルタイムではない働き方に対応できる中規模以上の歯科医院が、復職歯科衛生士の積極的な受け皿になることができます。また、歯科衛生士に限らず女性スタッフのライフステージに合った職場環境をつくることが求められます。
次に、歯科医院での基本的な労働環境の整備は必須です。法人、個人の別に関係なく社会保障制度への加入、残業の削減、有給休暇の取得など現行の法令を遵守しなければなりません。家族経営=ブラックな歯科医院との求職者のイメージを個々の医院で払拭することが望まれます。その後に、就職した歯科医院で60歳(65歳)まで働ける制度を明確に示すことが必要です。50歳以上の院長の医院が従業員の定年を明示できなければ、新卒はもちろんのこと30歳代の求職者も就職を希望する確率は極めて低くなるでしょう。
図2
このような法令に準じる労働環境を整備した後に、歯科衛生士ならばリカレント教育の機会を増やし、医科や介護の現場での口腔衛生・予防業務の仕事ができるような複線型のキャリアパスを後押しできる体制の歯科医院の出現が待たれます。このことは一見して、歯科医院からの人材の流失のように思えますが、社会ニーズに応じた個人の成長と歯科医院の成長のベクトルのすり合わせで、社会に通じた優秀な人材を確保しようと思うならば視野に入れておくべきことです。
2.イノベーションの欠如による生産性の向上の低迷の改善には、デジタルX線、CT、光学印象、CAD/CAM、3Dプリンター、マイクロスコープなどの機器の効果的な活用が期待されますが、歯科医院の大規模化と歯科の専門医制の社会への浸透(歯科界での浸透ではない)がなければ、歯科医院の生産性の向上は望めないと思います。それよりはIT機器の発達で生産性に寄与する可能性の高いことは、歯科医院のデジタルデバイスと歯科技工のプラットフォームがつながることで、印象・模型製作・運搬・技工物製作にかかっていた労働量の削減が生産性の向上につながることです。
3.革新的技術への投資不足については、歯科がニッチ市場のため大規模資本は参入することはなく、ベンチャーキャピタルの資本を活用することが現実的です。ベンチャーキャピタルの意向を聞くと、現行法制では認可されませんが、複数の専門医が寄り合う自費診療ステーションができれば、資本が歯科に流入してくるでしょう。現状では日本国内でチェーン展開している大型医療法人が対象になるでしょう。
次回へ続く
歯科医院が持続的成長を実現するには、この先10年の経営環境の変化を考える必要があります。この数年、私が歯科医師から相談を受けていて、気がついたことがあります。それは、歯科医師の年齢に関係なく、中長期的な見通しを持っていないことです。常に2週間後、翌月のアポイントのことを考えることで汲々としていて、近視眼的なビジネスドライバーしか持ち合わせていないのです。そのために、仕事の未来が見えなくなり、診療室にいても楽しくない、そんな院長の姿を見ているスタッフも仕事の意欲は落ち、患者予約も減り、経営は自転車操業になる、という悪循環に陥っていく傾向が少なくありません。
例え2週間先のアポイントが埋まらなくても、大きな時間軸を持つことによって、今やること、3年後にやること、5年後10年後にやることが明確になり、日々の仕事の中で未来を感じることができます。そうなると仕事を時間軸の中で考えられるようになり、診療室にいる時間が楽しくなります。歯科医院を長い時間軸の中で見ることが、好循環を生み出していくのです。本稿では建築家の天野彰氏が発案した「人生100年時代の時計」を、「歯科医師の未来時計」に改変して活用してみました。この時計の中に自院を置いてみると、漠然としていた未来が近くに見え出します。院長は、なりたい自分の姿とその可能性の違いが明らかになり、自分の為すべきことが実感できます。
図1
「歯科医師の未来時計」をつくる前に、自院の(地域)社会的な価値、役割の再認識をすることが必要です。具体的には、自院はどこの誰を患者さんとしているのか、どのような医療価値を提供しているのか、患者さんからの信用や満足を得られているのか、という医療サービスの基本事項の確認です。
また、院長は10年後には確実に10歳年齢を重ねている現実を認識しなければなりません。特に事業継承を考える高齢の歯科医師の場合は、この先10年を自分自身で医院経営をリードしていくことが現実的に難しいかも知れないからです。それにも関わらず過剰な設備投資をしたりするケースもあります。あるいは、誰に経営を任せるのかというテーマと向き合わないで、漫然と日々の臨床に取り組んでいる場合も少なくありません。これも長い時間軸の中で自院と向き合う習慣がなかったからです。
高齢な歯科医師ばかりではありません。開業して10年程度が経過した経営充実期にある45歳前後から、歯科医師は老眼などの身体能力の低下が顕著になり、臨床スタイルに影響がでてきます。この時期の設備投資には慎重を期す必要があります。というのも、歯科医師の経営における躓きは、開業後2~3年目か、開業後10年の45~50歳の歯科医師に集中するからです。
その投資は、歯科医師の技能に関係するものなのか、または歯科医院全体のマネジメントに関するものなのか、患者説明と教育に関するものなのか、あるいは2次的サービスの利便性を高めるものなのか、自分自身の身体の変化と10年先の自院を取り巻く歯科環境が見えていないと、散漫な設備投資となり、その投資が経営不振の引き金になってしまうからです。
自院を取り巻く経営環境を整理する
自院の存在価値を考える際に、自院の経営基盤を経営環境の変化や自院の変遷により整理することが大切です。最初に、自院を取り巻くマクロ環境の変化に目を向けます。歯科業界がどのようなマクロ環境の変化に影響を受けているのかを整理します。そうすると、診療報酬改定ばかりでなく、人口動態の変化、就業者の動向、情報技術の発達などに歯科医院は多くの影響を受けることがわかってきます。視野を広げて世間を見ることで、歯科医院を取り巻く景色が違ってきます。こんな景色が見えている歯科医師は少ないものです。それだけで歯科商業誌を読んで、グローバルスタンダードな診療を気取っている歯科医師よりも、よほど患者さんに寄り添ったグローバルスタンダードな診療ができるようになり、地に足をつけた医院経営ができるようになります。
図2
次に自院の変化に着目します。開業以来の保険診療と自費診療の比率はどう変わってきたのか、どれだけ診療科目が増えたのか減ったのか、スタッフ教育やサービスのあり方などの変遷を整理してみます。すると、自院の地域や社会での立ち位置や保有技術の変化が見えてきます。それがこの先10年の自院のあり方にとっての重要な情報になってくるのです。
未来トレンドに合った医院に変えていく
現在の自院の経営基盤ができたら、ビジネスドライバーを未来トレンドに当てはめて展望する段階になります。歯科業界では流通小売業からの情報で、新たな歯科器材や臨床技術を投入する歯科医師が主となります。しかし、この手の情報を鵜呑みにするのではなく、自分自身の年齢や自院のサイクルに照らし合わせてみることが大切です。
新機材が市場に投入されて、支持を得て、その後徐々にトレンドから外れて撤退するプロセスをプロダクトライフサイクルといいます。プロダクトライフサイクルと歯科医院のサイクルが一致してしまうと、歯科医院経営やその臨床は停滞していきます。例えば1980年代の自費治療のコーヌスクローネを主力とした歯科医院は、当時の新技術インプラントの普及と、コーヌスクローネ(プロダクト)を作成する歯科技工士の高齢化サイクルが一致して、今ではほとんど姿を消してしまいました。このようなことからも歯科医院は、自院のサイクルにあった新たなプロダクトや患者さんに新たな付加価値を提供しなければ、医院を持続的に成長させていくことは難しいことがわかります。
どうしても今の自院に将来性が見出だせない場合は、年齢とマクロ環境に応じて院長の核となる技術が生かせる立地に移転するか、廃院して自分の技術を必要とする医院で勤務医になることを検討するべきです。将来性が見出だせない中で、新たなアプローチをしても、未来トレンドに近づくことはできないからです。
歯科医院経営環境の変化は、急速に進む高齢化やICT技術の発展により、過去の歯科医院の飽和を因とする競争激化とは違う様相を呈しています。この先10年においては、労働人口の減少により歯科助手も集まりづらくなること、第4次産業革命により歯科医院はデジタルデンティストリー化が進むことは、確実なことです。加えてさらなるグローバル化による経営環境の変化の中で、自院の位置づけを再考し存在価値を確認することで、歯科医院は持続的に成長することが可能になるのです。
この先10年の経営環境を考えて持続的成長を実現するためには、患者の変化、患者ニーズの変化を読み取り、事業の未来トレンドを予測しなければなりません。そのために欠かせないことは、現在の自院がどのような「強み」「弱み」を持っているのかという現実を認識することです。「強み」「弱み」を認識したら、経営環境の変化と突き合わせて、自院の課題を見つけることが成長からブランディングへのステップです。
「強み」「弱み」を認識して成功要因を見直す
「強み」「弱み」が認識できなければ、自院が何の価値を生み出せるのかが整理できず、持続的成長をする目標を達成することはできないでしょう。成長はともかく現状維持をするにも「弱み」を認識していなければなりません。「強み」「弱み」を認識する上で、予測される経営環境変化において、成功要因(Key Success Factors:KSF)が何であるかを見直します。KSFは、年々厳しくなる一方の経営環境の中で、他院との優位性を築き、あるいは棲み分けをするための最も重要な要素といえます。
開業歯科医師の場合は、開業地を検討する時期には「この地域で自身が開業したら・・」と、KSFという経営用語は知らなくとも、常に自身の「強み」「弱み」を意識していたはずです。KSFは開業後も自院の変化、そして社会の変化と共に見直していくものです。2030年には労働人口の1/3が65歳以上の高齢者になるという社会構造の変化が明らかになった現在、歯科医師は患者動向と同時にスタッフ雇用を、あるいは医院の移転さえも視野に入れて考えなければなりません。そんな社会変化の節目に立っている今、改めて自院のKSFを整理しておくべきです。
患者のニーズに対して、自院が提供する医療サービスの受け手の患者が、どのような点を重視し、それに対して自院はどのように応えているのか分析することもKSFを明確にする方法の1つです。同時に、自院の地域や得意分野での競合歯科がどのような「強み」「弱み」を持っているのか、それと比較して自院はどのような競争優位性があるのか、といったことを客観的に分析することもKSFを抽出することに役立ちます。
患者に提供している価値を客観的に分析
ここで大切なことはKSFを主観ではなく、客観で行うことです。院長が認識している「強み」「弱み」、KSFが主観によるものであると、その先の持続的成長に向けての自院の整理作業が意味を持たなくなってしまいます。客観的にKFSを行うには、院長一人で行わないことです。医院スタッフ、顧問税理士や技工所などのステークホルダーなどの関係者にもKFSの評価をお願いすることです。
自院を客観的に分析し、自院の「強み」「弱み」が患者に対する提供価値に影響しているかを整理します。自院の「強み」「弱み」は、一般的企業でいうところのバリューチェーンを応用して整理すると鮮明になってきます。企業においてのバリューチェーンとは、原材料を調達して商品やサービスを作り、顧客に届くまでの企業活動の連鎖(チェーン)を価値の連鎖(バリューチェーン)として捉えたものです。自社の提供価値において、重要度の高いバリューチェーンは確実な強みを有していなければなりません。歯科医院の価値もこの連鎖の中で形成されます。バリューチェーンを歯科に応用したものが図3です。
図3
提供価値は、単純に自院が良いと思う治療を提供しているかどうかではなく、患者の困りごとは何か、患者は何を提供されると満足するのか、という本質的なニーズを把握した歯科医療サービスを自院は行っているかどうかを捉えなければなりません。
また、自院の「強み」「弱み」を見直すには、自院だけを見て考えるのではなく、地域や業界全体におけるポジション、今後参入が予測される新規医院と比較したときに、どのような優位性が保てるのか、競合歯科との差異化の度合いが高いかを客観的に捉えなければなりません。このような事柄を踏まえて、自院の付加価値を提供するにあたって、最も重要な要素を客観的に分析し理解することが、自院の「強み」「弱み」を理解する上で重要なのです。
経営環境変化に対応しブランディングする
自院の「強み」「弱み」を理解した内容を、本稿2月で説明した「この先10年の経営環境を考える」図2にクロスさせて、自院の競争力や対応力における課題・施策を検討することです。検討した施策を事業計画に落とし込み、実行することで、「経営環境変化に応じた歯科医療サービスの提供と差異化」を実現し、事業基盤の強い歯科医院へと成長していきます。
図2
歯科医院が最も苦手としているのは、変化に応じて成長していくことです。診療報酬改定に準じて設備投資をしたり診療システムを変えたりすることに慣れてしまっているため、自院の「強み」「弱み」を整理して、自ら考え事業基盤を作ることができなくなっているのです。そのために日本では、無形の事業価値=ブランド力を感じる歯科医院が少ないのです。
それでは、図4を使ってブランド力のある歯科医院へのステップを説明してみます。1.現状分析→2.競争環境の変化を予測する→3.自院の強み・弱みの分析、ここまでが2月の本稿と今回で説明してきたことです。ステップ4では、今後予測される経営環境の変化に対して、SWOT分析などのフレームを使って、自院の「強み」「弱み」をクロスさせて、課題を認識し、施策を検討します。施策は羅列するだけではなく、その効果や実現難易度などを客観的に評価して、アクションプランを作成することが必要です。ステップ5では、検討した施策を事業計画に落とし込み、経営環境の変化に応じた歯科医療サービスの提供と、競合歯科医院との差異化を実現させていきます。
図4
ブランディングへのステップで重要なのは、できる限り客観的な分析をすることです。院長の独り善がりな分析は思い込みにしか過ぎず、変化に対応できずに医院成長の阻害要因となります。ステークホルダーなどの第三者を入れて、客観的な情報をもとに課題へと向き合うことが、自院の未来を考えることにもつながるのです。
「愛社精神」より「歯科業務愛」
- 歯科医院のスタッフに愛院精神は育つか?
- されど“愛社精神”
- 求人の踊り場から抜け出す
- 人でつまずく医院の未来
- 医院でなく歯科を愛してもらう
荒技で人材難の組織を改革しよう
- 歯科医院におけるフォーメーション
- 医院の骨組みを見直す
- 管理能力のあるスタッフが圧倒的に不足している
- 歯科衛生士を無理に管理職にしない
- 人ではなく役割に給与を払う
「やりきる組織文化」は、えこひいきが育む
- やりきれない人材ほど主張する
- コンプライアンスとの戦い
- 有給休暇を「取らせない」のでなく「取れるように」する
- 「スタッフ全員」を育てようとしない
たかがマニュアル、されどマニュアル
- マニュアルは単純化と専門化の繰り返しでつくられる
- 組織のルールとコミュニケーション
スタッフ評価と給与
- 稼ぐスタッフにはいくらまで払うのか
- 年収600万円の壁
- 収入のバランス
スタッフ評価と給与2
- 稼ぐ衛生士と普通の衛生士との違い(差)を給与面でどうつけるのか?
- どのように等級内格差を決定するのか?
- 経営を活性化したい医院はどうすればいいか
- 受付・助手の評価はどうするのか
【傾向】と【対策】そして【戦略】
- 歯科界の近年の傾向
- 近年の傾向に対する「対策」はあるか?
- 現代における歯科医院活性化の【戦略】
スタッフの発信力で経営力をあげよう
- スタッフの個の顔の見える発信
- 情報の深掘りが始まっている
- 求められるのは等身大の発信
- 院長方針にスタッフを巻き込む
歯科マーケティングを問い直す時がきた
- コミュニケーションのありかたを問い直す
- 成熟社会ほど広告・PRは効かない
- One to One的手法を広告宣伝で試みる
- PR会社からのアプローチ
- すべてはコミュニケーションに集約される