立地と開業資金の関係
この2~3年、開業後1年も経過していない歯科医師からの相談が多くなってきています。主な相談内容は、患者数が増えないために事業計画の下振れ案からさらに低迷する現状への不安です。こういったケースは、ほとんどが立地選定の甘さによるもので、加速度的に経営は悪化して、経営不安が経営不振に、そして経営破綻となるケースさえあります。
その理由の一つには、開業資金の按分に問題があります。開業時の設備資金の比率が多いあまり、経営不安を早期に解消する資金が十分に持てないことにあります。開業地のエリアポテンシャルが高く、さらに資金調達が可能であれば、エリア内での立地選定をやり直し、早期移転を奨める場合もあります。そこまで決断できない場合には、商業的施策を提案することになります。それさえも資金的に難しいとなると、診療時間を増やして訪問診療もする、スタッフを減らし人件費を削る、といった持久戦しか打つ手がなくなります。手持ち資金がないために、ずるずると負の連鎖に巻き込まれてしまう典型例です。
開業資金の按分は、後から手当てしづらいものから分配していくのが鉄則で、
- 立地
- 運転資金
- 人材
- 設備(医療機器・内装)
といった優先順位をつけて考えます。ところが歯科界では習慣的に設備から資金配分をしていくために、立地選定や運転資金の予算が十分でない場合も少なくありません。そのためにエリアポテンシャルの低い立地で開業したり、経営再建する資金がなかったりして低迷を続けていきます。開業は二期で考えて、一期でビジネスの仕組み(人が集まる場所選びと仕組み)を作り、二期で医療方針を確立するための設備資金を投入するのが良いでしょう。ビジネスの仕組みができていないと、どんな高邁な医療方針を掲げたところで、常に経営に圧迫された商売臭い歯科医院運営を続けていくことになります。
よほど知名度の高い歯科医師でない限りは、設備資金を優先する習慣は改め、ビジネスの仕組みができる資金配分をするべきです。またネットによる患者集めも必要な時代ですが、ネット頼りの起業には無理があります。それは実際に開業している歯科医院の検索キーワード分析や患者アンケートからも明らかで、歯科医院の前を通ってその存在を認識しホームページで医院の内容を確認し来院してくる人が圧倒的に多いからです。一般歯科医院ではどんなSEO対策よりも立地効果の影響の方が大きいのが現実です。
120分立地調査の流れ
立地調査は机上調査後に現地調査を行いますが、首都圏では約90%の物件が机上調査段階でオミットされます。机上調査は鳥の眼で診療圏全体を俯瞰して客観的評価に活用しますが、それ以上のものではありません。「木を見て森を見ず」の「森」の大きさを知るための利用です。現地調査は虫の眼で、森の中に入って「木」を見ていきます。診療圏に密着して人の流れを調べたり具体的な患者像をイメージしたり、さらに臨床や経営のヒントを見つける作業です。歯科のように飽和している市場では、現地調査の精度が開業後の臨床や経営への成果に結びついていきます。この段階で、経営のアイディアが浮かばない立地は、診療圏ソフトのデータ内容が良くても見送ることにします。あくまでも診療圏ソフトは立地調査の効率化に役立つレベルのものだからです。
机上調査では、診療圏ソフト→検索数予測ツール→Google map→総務省データ・市町村人口世帯データの順で候補物件を篩(ふるい)にかけていきます。下記【都市部の立地調査のポイント】の1~4が机上調査に当たります。現地調査は住宅地図とGoogle mapを使用して、初回は通勤通学時間帯に5~7を調査します。都市部の狭い診療圏、今回の三軒茶屋などでは、この一連の作業約120分で、おおよその候補物件の可能性がわかります。机上調査を1次評価、現地調査を2次評価、そして2次評価で評価が高かった物件を比較評価して開業物件を絞り込んでいきます。
都市部の立地調査のポイント
1.市場規模と質
- 徒歩7分~10分、または半径1km程度の1次診療圏とした人口量
- 一次診療圏人口の年齢・家族構成・世帯居住状況
2.顧客誘導施設
駅・商業施設・公共施設・交通量の多い道路や交差点など
3.視認性
通行人やドライバーの目線に入るか入らないか
4.webマーケティングリサーチ
「地域名or駅名と歯医者」での検索件数量
5.動線
顧客誘導施設への通行人/交通量が多い道路の把握
6.建物/アプローチ
- 原則1階、または視線の届くエレベターのある低層階
- 施設への入りやすさ入りにくさ
- 駐車場のあるなし・台数
7.競合
- 競合歯科の立地環境
- 競合歯科の規模
- 競合歯科のネット検索件数
相乗りマーケティングリサーチ
歯科医院のような小規模な事業体では、大手チェーンの店舗開発部隊のような商圏調査は不可能ですし、歯科関連業者の診療圏調査も精度が高いものではありません。そこで、調査力の弱い歯科は、他業種のマーケティングリサーチに相乗りして、診療圏調査の精度を上げることをお勧めします。
私の場合、行政データを噛み砕いた上で診療圏調査の補助線にするのは、セブン-イレブンとマクドナルドの出店状況です。セブン-イレブンの店舗開発は一貫して人口量重視で、ローソンやファミリーマートと比べてその基準がはるかに厳しいことが、セブン-イレブンの強さと言われています。そのため他のコンビニに比べてセブン-イレブンは、人口量の多い地域にはそれに比例して店舗数が多いという相関関係が顕著です。時に歯科開業立地でコンビニ跡地が出回っているのを見受けますが、セブン-イレブンの跡地はほとんどありません。それぐらいに人口量には厳しい店舗開発をしています。
マクドナルドも人口量重視の出店が顕著です。2010年にマクドナルドが店舗の再編をした時には、約400店舗を閉店し、約600店舗を立地のよい場所に移転しました。店舗が長く売上げを維持していくには立地しだい、売上=立地という単純明快な基準を企業の生命線にしています。
セブン-イレブンもマクドナルドも人口量が多く人口が減少傾向でない場所を選択し、その上で生活者から認知されやすい場所に出店しています。生活者が「どこに行く」のタイミングで思い出してもらうには、記憶に残っているかどうかにかかっているからです。よい立地にあること自体が看板を出していること、ネット検索の上位にいることと同じことだからです。
立地の力は日経新聞や週刊ダイヤモンドのアンケートからも明らかです。生活者が飲食店を選ぶ理由の約8割が「そのお店が便利な場所にあるから」で、味や接客の良さを大きく上回っているのです。歯科医院は単純に飲食や物販とは比べることはできませんが、便利な場所=安全な場所という生活者意識は、医療サービスである以上無視することはできないでしょう。
おまけのマーケティングリサーチ
自由診療収入が見込める歯科医院経営では、地域生活者の平均所得は気になるところです。東京23区において、平均所得1位は約1,126万円の港区で最下位は約340万円の足立区です。それならば平均所得の高い港区で歯科医院を開業した方が経営上は優位になるようですが、そうとも言い切れません。港区の平均所得を釣り上げているのは超高額所得を得ている企業経営者などで、多くの生活者の所得は400~500万円台です。足立区の平均所得は23区内で最下位ですが、23区のうち12区は足立区と同じ平均所得300万円台ですから、足立区が突出して低いわけではありません。所得の場合は平均値ではなく中央値で見ることが生活者の直感により近くなるデータの見方です。健康保険収入を主とする歯科医院経営では、人口量が所得以上に経営インパクトになるために、人口が港区(歯科605施設)の2.7倍ある足立区(歯科379施設)で開業する方が、歯科医院にとっては優位といえるでしょう。因みに今回現地調査した三軒茶屋のある世田谷区は、人口順位東京23区内で1位の約90万人、人口上昇率0.8%で12位、平均所得554万円で7位、歯科742施設となり、歯科経営ポテンシャルは港区よりは高いけれど足立区よりは低いといえます。
23区 | 平均所得(万円) | 人口(万人) | 歯科医院数(軒) | 歯科1軒あたりの人口(人) |
港 | 1,126【1位】 | 25【17位】 | 605【2位】 | 403【21位】 |
世田谷 | 554【7位】 | 90【1位】 | 742【1位】 | 1212【13位】 |
足立 | 340【23位】 | 68【5位】 | 379【9位】 | 1794【2位】 |
ついでのマーケティングリサーチ
私が現地調査の補助線にするセブン-イレブンはコンビニの雄ですが、そのコンビニより店舗数が多い業種で常に挙げられるのが歯科医院と美容院です。全国のコンビニ数は約57,000軒、歯科医院は約69,000軒、美容院は約247,000軒です。美容院の店舗数は飽和市場の歯科よりも約3.5倍も多く、都心では「10歩あるけば歯科、3歩あるけば美容院」といった状態です。それでも美容院がなんとか経営していけるのは、美容師1人につき最低30人の顧客を持ち、客単価の高い女性に月1回来店してもらい、しっかりと顧客を回しているからです。また、設備投資は極端にいえば、鏡とシャンプー台、そしてハサミがあれば材料もほとんど使わないために、立地に資金投下できるのです。その特徴は居抜き開業が非常に多く、開業に資金をかけないことに現われています。つまり美容院経営の肝は、設備投資を抑えて立地に資金を投入し、限定した顧客を確実に回していくことにあります。これは歯科医院の現地調査の補助線になるような気がします。
よけいなマーケティングリサーチ
「年金だけでは老後資金が2,000万円不足する」と試算した金融庁の市場ワーキンググループの報告書を巡り、世の中は騒然として政府が火消しをすればするほど現実味が増して、私たち社会の未来像が浮き彫りにされました。日銀の金融広報中央委員会によると、70歳以上の金融資産の平均値は1,768万円ですが、中央値となると680万円です。厚生労働省「国民生活基礎調査」で年齢別の貯蓄金額を見ると、貯蓄額を2,000万円以上保有している70歳代の割合は18.6%となっていますから、金融庁の言うことは的を射ています。これでは歯科医院経営の頼みの綱の自由診療比率の向上は、極めて厳しいように思えます。現地調査の要素に自由診療の補助線を安易に入れることは控えなくてはなりません。
人気スポット三軒茶屋をウォッチングする
次回のコンサルblogは、今回紹介したマーケティングリサーチをベースに東京の三軒茶屋をウォッチングして、歯科医院開業の可能性を探ってみたいと思います。