知人の産婦人科医から改装の知らせを受け、お祝いを兼ねて見学に出向きました。
その医院は、ユニセフとWHOの提唱する、母乳による育児の奨励、母親の腕にできるだけ乳幼児を置くスキンシップなどの育児指導を実践しています。改装後の医院のデザインは、木と布の特性を調和させた天然素材の温もりから、医院の医療に対する考えが明確に伝わってきます。大げさな脚色も患者に迎合した厚顔さもない空間は、そのデザインの率直さゆえに、歯科医院の空間に慣れた私を清冽な気分にさせます。
件の産婦人科病院のデザインに触れ、改めて歯科医院のデザインを考えてみます。
デザインに詳しいわけではありませんが、素人目にも歯科医院のデザインは生活者の差別意識を刺激しようとする意識が過剰に思えます。ヘルスケアの時代に歯科医院で時間を過ごす人はいわゆる病人ではありません。清潔でやさしい空間であれば歯科医院デザインとしての十分条件を満たしています。一方、循環器や脳神経外科などの病院であれば、少なからずぴりっと張り詰めた空気があって、信頼できる高度な医療技術がそこにあるという安心感が、大きな不安を抱える患者にとっては何よりの安心材料になります。歯科医院なら、例え外科的治療が主であっても静謐な空間であれば十分で、厳しい緊張感のある空間は求められません。このような歯科医療の特性は、その本質を生活者に伝えることが、存外に難しいのかもしれません。
ここかしこにひしめき合い、厳しい競争環境におかれる歯科医院のデザインは二極化が進んでいます。ひとつは技術の高さや治療内容の希少性を演出し、ブランドとしての評価を高め、利益率の高い自費診療などを歓迎する患者層をつくり出す方向です。もうひとつは安心と家族的な雰囲気をことさら強調し、患者と医院の共感性を高める方向です。どちらにも通底しているのは、既存の歯科医院のイメージを古くして時代遅れへと変容させる意識です。モデルチェンジを繰り返すクルマや家電などと同じく、スタイルチェンジをしてその存在を主張し、生活者の関心を高めていくマーケティングがそこにはあります。これもプロダクツデザインの一つの技量ですが、バランスを失うとデザインの陰に経営が見え隠れし、その生々しさに興ざめます。
実態とそのデザインのバランスをとることがデザイナーの能力と考えています。その意味で、歯科に参入しているデザイナーの多くはマーケティングが先行しすぎています。デザイナーの力とは実態(歯科医師・医院)を過剰に表現することではありません。実態をみる批評的精神と良心的表現などというと、いかにも倫理的にすぎるかも知れませんが、歯科医師の考えと市場性をバランスさせていくしなやかな理性がデザイナーに求められていることは確かだと思います。そういった配慮とつつしみの中で表現された歯科医院が、おそらくは現代を生きるあらゆる人々の心を動かすに違いありません。デザインの同時代性こそが、生活者の希求にあった合理的デザインといえます。すぐれたデザインとは、デザイナーの個性や技量が抑制された上に成り立つのだと思います。
歯科を席巻しつつあるデザインはどうでしょうか。例えばウェブサイト、トップページをナラティブ仕立てのランディングページにして、そこにアニメーションを使用するデザインが人気ですが、いかにも市場に迎合したあざとさを感じます。(よもやハイスタンダードな歯科医師が世間に示す程ではあるまいと思いますが、実際はそうでもありません。)ものの本質を見えづらくして生活者を惑わす術は、もはやそれは医療とはいえません。技量のない歯科医師が経営と引き換えに医療を売ったとするか、自費主体の歯科医師のマーチャンダイジングアプローチと解釈するしかありません。
インテリアはといえば、白を基調とした内装を清潔に保つというコミュニケーションが、歯科医院では十分にして最上のデザインだと思います。メーカーの示すユニット展開図面より縦横20%広げて、そこに白い壁を建てたシンプルな空間を組み合わせていくことが基本です。あとは汚れやすい白い内装を常に清潔に保っていることが、最上の清潔さを患者のために確保するという表明になります。やさしい空間は、バリアフリーやユニバーサルデザインの施作、ましてやデザインのディテールがもたらすものではなく、インテリアの素材とそこで働く人が醸し出すのだと思います。白を基調にした内装を常に清潔に保つ人の存在が、最上のホスピタリティーを患者に示します。ファーストクラスのレストランのテーブルクロスがシミひとつなく真っ白な状態で客を迎えるように、歯科医院の清潔さとやさしさを率直に伝えることが、インテリアデザインの品質で、それ以上でもそれ以下でもありません。
インテリア、ウェブサイト共にモダンで医療機関としての品位を感じる「このは歯科医院様・静岡県静岡市」
【HP】https://www.223-ohc.com/
歯科医院経営を中期長期の視点で真剣に考えるのならば、医院デザインはその本質だけをぴしりと押さえたものにすることが重要です。医院デザインは北を指す方位磁石のように医院の基本方針と価値観を示すものです。デザイン(情報)は質を高めることによって、情報の受け手の理解力が加速しますが、嘘や脚色があるデザインからは、情報の受け手の理解力は高まることはありません。歯科医院は物事の本質を正直に伝えるデザインについて考える時期にきているのではないでしょうか。