のうのうとしているうちに平成が終わり令和となり1ヶ月が過ぎました。思い返せばバブル経済が終わり、すべてに貧乏くさくなった平成の終盤、「疾病予防と重症化予防を推進し、重症化予防などに向けた保険事業との連携の視点から、診療報酬を検討する。口腔の健康は全身の健康にもつながることから、生涯を通じた歯科検診の充実、入院患者や要介護者に対する口腔機能管理の推進など歯科保険医療の充実に取り組む」と、内閣府からの降って湧いたような通達。歯科関係者はざわめきたつと思いきや、「か強診」や「SPT」の保険算定で満足したのか意外と冷めています。
平成当初に起きた予防歯科ブームは一過性のものではなく、ムーブメントとして30年余り続き、以前とは思考の型式(かたしき)が違った歯科医師が日本に育ってくるまでになっています。スマートで内科医のようにエビデンスを主張する歯科医師の出現は、修復技術を競っていた当時とは、歯科医療の基盤がすっかり変わった感があります。予防関連の保険算定に一喜一憂することのない新しい型式の歯科医師が、古い型式の歯科医師では考え得なかった“新しい価値”を目指す時代にようやくなったのです。
その一方で、平成から令和に時が移る中で露出したのは、歯科医師の社会観の小ささです。旧態依然として、歯科医師の頭にある社会は自院が存在している地域以上に広がりがありません。地域消滅時代に土地に縛られない企業や団体組織といった部分社会との連携を視野に入れることが、個々の歯科医院にとっても歯科界にとっても重要になってきます。社会連携を見誤れば、予防歯科のムーブメントは新しい価値にたどり着かないかもしれません。
先に揚げた「経済財政運営と改革の基本方針2017」は、ヘルスケアを支える医療の先端へと歯科を押し出すインパクトのある内容です。歯科は千載一遇の機会を迎え、この流れの中で企業の「健康経営」という社会的要請も起こり、ヘルスケアは国策となりつつあります。こういう状況に歯科医師は疎く、自らがポイントゲッターになれる位置にいることが見えていません。それもこれも歯科医師の社会観の問題で、業界の価値にどっぷりと浸かっているから仕方ないのか、などとつらつらと考え台北へ向かいました。
台北行きの目的は、歯科衛生士のいない国で予防歯科の講演を聴くことです。こんな酔狂とも思える遠大な試みをする歯科医師は熊谷崇先生で、そのお膳立てをしたのが富士通社のヘルスケアソリューション事業部です。これも熊谷先生と大企業の社会観の大きさが呼応した故に成せる業です。平成当初は予防を説く気鋭の歯科医師だった熊谷先生ですが、平成が終わる頃には歯科医師のスケールでは収まらなくなり、富士通社をはじめ大企業とのプロジェクトが多くなっています。これで社会への扉が開いたようですが、熊谷先生が一人奮闘している感は拭えません。古い価値観を棄てる覚悟を持って、社会への扉を通り抜け、新しい価値観を取りに行く、そんな社会観の大きな歯科医師の出現が待たれます。
ここであれこれ語るより大きな社会観を持つ人たちの仕事ぶりを画像で見てください。(※画像をクリックで大きく表示されます。)
国立台湾大学牙医専業学院第八講堂にて大学病院院長はじめ勤務歯科医師と学生に演題「Creation of new value / Innovation of Dental Treatment」を講義する熊谷先生
台湾工業技術研究院 ITRI HP
ITRIショールームで熊谷先生、ITRI 研究員、富士通株式会社第二ヘルスケアソリューション事業部の面々
このような予防歯科の理想を描くプロジェクトを落としこむ台湾の現実はどうかと思い、市中の歯科医院を見て回りました。現実の台湾の歯科医院はといえば、日本人の感覚からは成金趣味のオフィスが多く、国民からは歯科医師はお金持ちと認識されています。健康保険患者負担比率は1割で治療患者には困らず、週末は中国本土に出稼ぎにいく歯科医師も多いと聞きます。このような状況に加え歯科衛生士制度がない国で、どのような予防歯科が行われるのか興味にかられます。
オフィス前にポルシェを停めている歯科にアポイントなしで行き、「May I check–up only ?」と尋ねると「Of course …」とのこと。シロナのチェアに座ると歯科医師自らが超音波でスケーリングをしてくれましたが、バキュームワークが下手で息苦しくなり20分程度でギブアップ、おまけに着ていたシャツはビショビショ、お代は自費で千元(日本円で約1万5千円)也。この費用を聞いた時おもわず笑ってしまいました。と言うのも、台湾行き前日の午後、前歯のスティンが気になりだしましたが、かかりつけのオフィスは休診日。そのため物は試しと、患者予約サイトからオススメ予防歯科医院にネット予約してみました。オフィスではパントモを撮られて「問題ありませんね」と言われるや否や排唾菅を口に掛けられ、院長自らがスケーリングをしてくれました。「汚れは取れました」と手鏡を渡されて、お代は健康保険で結構ですとのことで、〆て1,265点、自己負担金3,800円也。その時間およそ20分。歯科衛生士がいる国でも、いない国でも内容も費用もさして変わりません。
台湾でも日本でもこのような現実を目の当たりにすると、現実を超えて理想に向かって努力する人間は素晴らしいと実感します。これまで歴史の中で人類が進化できたのは、理想を現実化しようと努力した人がいたからで、歯科界も同様です。厳しい現実を変えるには、業界の枠を超えて一般企業などと連携し、新しい型式の歯科医師を増やすことに地道に取り組んでいくしかないと、再認識した台湾視察でした。