「王様は裸だ!」と叫ぶのは誰?

出会いと別れの季節の春。私たち社会人にとっては年度替わりとなり一つの節目です。今春は『令和』への改元があり、例年になく新生への期待感が溢れる新年度になりました。さらに、弊社クレセルのある東京都文京区小石川界隈は、NHKの大河ドラマ『いだてん』の舞台となっていて、街中を行けば、ここかしこの掲示板に貼ってある横尾忠則氏の三脚巴の『いだてん』のポスターから、時代のうねりや高揚感が伝わってきます。慢性的に退屈を感じている中高年の日常から、学生の頃に横尾忠則氏デザインのカルロス・サンタナのアルバムジャケットを手に取った時と同じ高揚感が蘇ってきます。

歯科界にも“時代のうねりや高揚感を感じる”セミナーがあります。技能やノウハウを教え、さぞや退屈だろうと思うセミナーが目白押しの中で、歯科界の次代の人材を発掘するPre Oral Physician seminar は別格です。このセミナーは「ものごとの見方」、つまり新しい思考軸を持った歯科医師を発掘する目的があります。もちろん、これが正しいという思考軸はありませんが、そこに集う人が、従来の歯科の思考軸とは違う、『新しい思考軸』を持つことで、いびつさを内包して成長してきた歯科界を、正常な姿に戻してくれるという期待感をヒシヒシと感じます。

『令和』の考案者とされる学者・中西進先生は、私の学生の頃の古文の教師です。当時、中西先生は授業で「現代文訳にとらわれて読んではいけない」と、繰り返しおっしゃっていました。今となっては、中西先生の授業で覚えていることは、その言葉だけですが、それは『新しい思考軸』を持つ大切さを教えてくださったように思えます。

歯科界にもデジタル機器など新しい道具を使う技能は導入されましたが、その技能を身につけた歯科医師の思考軸は旧いままです。これでは、業界が古くなることは抑えられても、イノベーションは起きるはずはありません。今、歯科界に必要なことは、技能優先から思考優先へのパラダイムです。技能の成果を話す歯科医師に、「王様は裸だ!」と言える、『新しい思考軸』を持つ歯科医師の出現が待たれます。

プレOP東京主宰 歯科医師 畑慎太郎 氏

詐欺師に騙され、実際は裸なのに服を着た気になって意気揚々と行進する王様を指して、「王様は裸だ!」と叫んだのは一人の子供でした。王様の家来にも、パレードを見物している人々の目にも王様は裸だったにも関わらず、誰一人として「王様は裸だ!」とは、口にしませんでした。

それは、家来も市中の人々も閉じられたコミュニティーの一員だったからです。コミュニティーの内部で波風立てずに生きていこうと思ったら、たとえ多少の理不尽さを感じていようとも、従来の価値観や常識を受け入れ、同化・適応するのが賢明な身の処し方と、多くの人はそう思っているのです。

そういった思いはいつしか、世間との大いなる矛盾や違いが発生しても、見て見ぬ振りをして、ついには裸の王様を見ても、「素晴らしい服だ」と賞賛の拍手をすることにも疑問を感じなくなっていくのです。マスメディアが報じる政治の世界からもわかるように、小さな閉じられたコミュニティーの内部に取り込まれてしまった人に改革を期待しても、しょせん無理な話なのです。

クレセルでは、一昨年から患者情報をアップロードできる富士通社クラウドの代理店をしています。この仕組みをある補綴専門医に話したところ、「補綴専門医にとって症例写真がどんなに価値のあるものかわかっていない」と、一蹴されました。わかっていないのは補綴専門医の方で、閉じられたコミュニティーの内部での旧態依然とした思考軸からの典型的発言でした。世間では、症例写真はカルテ同様に患者自身の情報であることに価値が移行しているのにも関わらず、補綴専門医は症例写真を自分のコレクションとして価値を置くのですから、旧態依然の思考軸を権威とする歯科版の裸の王様です。

では、どうして子供だけが「王様は裸だ!」と指摘することができたのでしょうか?それは子供が既成概念にとらわれない『新しい思考軸』をもっていたからです。王様の権威もコミュニティーの分別も、子供には関係ありません。だからこそ、自分の見たままを率直に言葉にすることに、なんのためらいもなかったのです。

その子供の一言で、大人たちは呪縛を解かれたように、口々に「王様は裸だ」と真実を語りはじめました。閉じたコミュニティーに変革を起こすことができるのは、内にいながらもその価値基準に染まり切らない、『新しい思考軸』をもった人だけなのです。Pre Oral Physician seminarから、物語の子供のような歯科医師が出ることを期待しています。

本年度、クレセルでは、Pre Oral Physician seminarと生活者との患者情報共有支援サイトCommunication Gearから、『新しい思考軸』を持つ歯科医師の出現を見据えて取り組みをしていきます。