歯科暴露記事のウラ側

「歯医者のウラ側」と大きなキャッチコピーがついたビジネス誌「プレジデント」が2週間前に発行され、すでに重版がかかっているとのこと。この手の暴露記事は、各週刊誌からも度々発行されていて「またか」、と食傷気味の向きも多いのではないでしょうか。それにしても、暴露記事の発行が止む気配はありません。その理由は、歯科医師と出版社のもたれ合いの関係と歯科医師の職業に対する自信のなさに起因しているように思います。

私は2000年代初頭の頃から何冊かの本を発行してきた経験があります。最初の出版は「医療・病院経営」の分野から。薬剤師業界で著名な経営指導者 松江満之氏に導かれ、共著者として数冊の単行本を出版しました。続いて、現在、読売新聞の「ヨミドクター」にコラムを連載している医師でジャーナリストの草分け富家孝氏と、2000年当時の新書ブームの時に共著で新書を。とはいっても共著とは名ばかりで、ほとんどが富家氏のページでした。この本はとてもよく売れて、当年の新書ベスト10に入ったほどでした。

こんなことからか、週刊誌の医療ページ企画やTVのコメンテーターの仕事も舞い込んできました。しかし、二人のカリスマ的医療者に引き上げられての商業出版をした経験は、マスメディアで仕事をすることよりも、医療と経営、そして医療を取り巻くメディアの実態を学んだことの方が、自分のキャリア形成には大きかったと思っています。このような経験を経た私の眼には、歯科暴露記事の存在は、歯科医師が自信を喪失して自爆した結果に映ります。

かつては産婦人科・パチンコ店と並んで脱税御三家とよばれていたほど利益を上げていた歯科医院も、今や年間1,600件以上が廃業し、そのうちの2~3割が実質倒産とされています。一方の出版業界も1990年代のピークから売り上げは1兆円減少し、電子書籍を入れても現在の売り上げは1兆5千億程度の市場規模に縮み、不況業種の代表格です。本が売れない時代、出版社は良書を世の中に送り出す本分の前に、経営を維持していかなければなりません。そこで眼をつけられたのが、出版界ではペイドパブの代表格となっている「名医本」に群がる医師たちでした。ペイドパブとは、ペイドパブリシティー(Paid Publicity)の略で、取材記事の体裁をした有料広告のことです。

歯科界では出版社の出す名医本から、大手新聞社が出す雑誌風単行本のムック本が主流となっています。それも今ではドクター紹介を中心とした医療情報サイトなどの記事風の有料広告にとって代わられてきました。型式は変わってきていますが、いわゆる名医本の類は、不景気とはいっても国民医療費は増え続け、個人事業主が多く高所得者が多い業界だから成り立つトレンドといっていいでしょう。出版するのに個人事業主や高所得であることは関係ないようですが、実はここが一番のポイントです。一般生活者には売れなくてもいいのが、名医本のカラクリです。実際に一般生活者はほとんど購入しませんが、出版経費は医師からの記事広告費を当て、さらに医師が名刺代わりに自院掲載本を購入する売り上げが利益となるのですから、書店で本は売れなくても出版社は御の字なのです。

医師が自腹を切っても本を出したい理由は、医療広告規制に抵触しないで、信頼性を高めブランド力をつけること、その結果が集客につながり売り上げが増えることを見込んでのことです。自費出版で社会学分野の本を出す奇徳な医師はそうはいません。一般生活者への啓蒙のような体裁で出版されている本も、根拠希薄な治療をPRする集客目当ての自費出版本がほとんどです。

とりわけ歯科医師の一般書籍(以下、歯科本)の場合は、99%が自費出版と思って間違いありません(歯科商業誌は除く)。医科に比べて自費診療の範囲が広い歯科は、医科よりも新技術の保険導入が遅いために、出版から自費診療の集客の流れをつくることが自費主体の歯科医院の常套手段でした。集客面からは、同業が購読層の歯科商業誌に出したところで意味はなく、インターネットでの記事や広告もネットリテラシーの高くなった一般生活者から信頼を得るのは簡単ではなく、勢い一般書籍となるわけです。ところが現実は、歯科本は歯科医師が思っている以上にニッチでほとんど売れません。出版取次の仕切りと広告経費などに左右されますが、歯科本でしたら3,000部も売れれば成功の部類です。

しかし重版が見込めない3,000部では出版社は採算がとれないために、歯科医師の出版は99%の確率で自費出版になります。私も歯科医師から頼まれて出版社に商業出版を依頼したことは何度もありますが、大抵は自費出版となり、うまく交渉が進んでも経費の数十%分の本の買い取りとなります。歯科医師が期待する出版ブランディングは、仮に有力出版社から出された本だとしても、書店で平積みされている期間は2週間程度ですから、数回重版されて平積み期間が延長されなくては、ブランディングなどできるわけがありません。集客面でも売れたとしても3,000部では、その数字から来院してくるのは1%程度ですから、自費出版は大抵の歯科医院で採算ベースにはのらないのが常です。

こんなことから、ページを切り売りして歯科医院の集客原価率を下げて、新聞社や出版社の名前でブランディングできるムック本が流行ってきたのです。ムック本のページ単価は80万円~ですから、歯科医院では自費患者が2人も来院すれば費用対効果はマイナスにはなりません。果たして、自費出版できない歯科医師が飛びつくことになったわけです。それでも乱発されるムック本の広告効果が漸減してくると見るや否や、今度は歯科暴露記事を出し市場に火をつけるのです。マッチポンプです。ここでいう市場とは、一般読者よりも約10万4千人の歯科医師に比重が置かれています。

「歯医者のウラ側」と銘打ち特集を組んだ「プレジデント」の公称発行部数は約32万部ですから、約10万4千人の歯科医師とその関係者や学生の関心を煽ることは、極めて効果的なマーケティングになるのです。その他の雑誌各社も同じことで、発行部数の少ない雑誌ほど刺激的なタイトルを打ち、歯科医師に絞って関心を煽り雑誌の購入を目論むことになります。その記事手法もイギリスのジャーナリストが唱えた「犬が人を噛んでもニュースにならないが、人が犬を噛んだらニュースになる」を地で行くものです。世間では「高学歴高収入高倫理」と思われている(以前は)歯科医師が、実は「偏差値30~40台の歯科大を出てワーキングプアに陥る寸前で悪徳診療を繰り広げる」という古典的ストーリー仕立てに記事を起こしているだけで、ジャーナルの社会問題の解決意識は微塵も感じません。

このようなストーリー仕立てはすでにマンネリ化していて、一般読者は大した関心を示すことはありません。ちなみに自院のスタッフに暴露記事が出ている雑誌を購入したか、聞いてみてください。購入したスタッフは、そうはいません。一般生活者ならば、なおの事です。かように、暴露記事に反応しているのは、ほとんどが歯科医師とその周辺の人だけなのです。こんなことは、出版社は先刻承知です。それは名医本やペイドパブの記事広告に飛びつき、自作自演をすることに費用を惜しまない歯科医師の特性《=職業に対する自信のなさ》を出版社は知っているからです。費用を出して書籍でPRすることと、批判や誹謗に過剰に反応して暴露本を購入することは、一見相反するようですが実は同根です。それは、歯科医師が自身の職業に自信を喪失してきていることの証のように思えます。

1996年度から2009年度まで歯科医療費は、ほぼ2兆5千億円台の横ばいで推移してきましたが、2010年度に2兆6千億円となり2017年度には2兆9千億円台になりました。この歯科医療費の増加分の幾ばくかが、出版社やインターネット広告企業の広告費となっているとしたら本末転倒で、歯科界は自爆しているとしか言いようがありません。歯科医師はジタバタと広告を打って、他業界に歯科医療費の増加分を消費するのではなく、その分を歯科医療の品質向上に費やすべきです。そのことが、歯科医師の自信回復を通じて歯科界に好循環をもたらすはずです。

ところで、「インプラントなら◯◯歯科」のどデカイ看板を高速道路で見る度に「歯医者って、いったいなんだ・・・?」と思わずにはいられません。