歯科を取り巻く顧客満足という呪文

患者減・収益減で歯科医院経営は苦しくなるばかりとメディアは報道し、歯科コンサルタントは物知り顔でその解決策を喧伝しています。曰く、コミュニケーションが足りない。曰く、患者心理が理解できていない。曰く、接遇レベルが低い等々、呪文のように顧客満足の秘訣を唱えています。挙句には予約サイトを設置して自費の目玉商品をつくり敷居を低くすることが、最善策となる始末。そうでもしないと供給過剰な歯科では、「顧客満足」が得られないという理屈です。

「顧客満足」というスローガンを呪文のように唱える歯科医院が、“便利で安くて感じがいい”競争に走る歯科界は、10年ほど前にエコノミストの浜矩子氏の論考「ユニクロ栄えて国滅ぶ」を彷彿とさせる状況になってきました。それでも当時のユニクロやニトリといった少数の勝利者は、デフレを持ち出してエクスキューズとしたりはしていません。消費者の価値を学び、その変化を先取りすることで、自社の消費者を育てながら生き残ってきました。一方、歯科医院の“便利で安くて感じがいい”競争は、安価な仕事に繋がり続け、休まないで仕事をすることに通じていきます。このような状態では、真っ当な歯科医院ほど競争力を失い続けて、「愚者栄えて歯科界滅ぶ」にまっしぐらといった感じです。

患者減・収益減と言われて久しい歯科医院ですが、いつと比べてのことでしょうか。ひょっとしたら、70代以上の歯科医師には国民皆保険制度の施行後のこと、60代以上の歯科医師ならば高度成長期のこと、50代以上の歯科医師ならばバブル期のこと、40代以上の歯科医師だったらITバブルの時代と比べてのことではないでしょうか。そんなに今は異常な時代なのでしょうか。現在のデフレを異常と捉え、“便利で安くて感じがいい”体制を築き、異常とされる今を凌ごうとすれば、歯科医院の成長は止まり、体力のない者から破綻への道を突き進むことは、他業界から見てとれます。

中国を見るとわかりやすいのですが、大きな国内市場を持つ国が急激に経済発展をするように、歯科も地域に大きな需要、人口があれば誰でも成長することができたのです。高度成長時の日本でも、自動車や電気製品を誰もが欲しがって、作れば作るほど売れる時代に、ある程度の経済力があり腹を空かした子供が大勢いるところで飲食店を開けば、絶対に失敗はしなかったように、歯科医院もたいした考えもなくやってこられたわけです。そんな時代の方が歴史的に見て異常なのです。

現在、メーカーでも小売でも成功している企業は、高度成長時のビジネスモデルの方が異常であることを認識しています。製品やサービスが売れないのは、デフレのせいではなく、需要が少ないからだということをはっきりと認識しているのです。需要が少ない中で持続的に成長していくには、できるだけ良質のものをできるだけ良いサービスでできるだけ安く提供することしかないことを、他業界が教示しています。ノキアもハイブリッド車もその延長線上にあります。然るに歯科医院は、便利さと安さだけで市場と繋がろうとすれば、最初はよくても疲弊していくだけです。

こんな時に顧客満足を図るためには、徹底して生活者の側に立つ必要があります。ですが、これほど難しいことはありません。生活財がほとんどそろってしまった成熟社会では、生活者の側は何が欲しいのかわからなくなっているように、DMFT指数が急激に改善されてきた歯科では、「歯科検診のために」あるいは「通り一遍の予防の説明」では、歯科医院にわざわざ行く理由が生活者にはわからないのです。

平成年間に歯科を取り巻くいろいろなところでパラダイムシフトが起き、歯科医院は淘汰の時に立っていると考えるのが正しのだと思います。今の時代、上面に顧客満足を呪文のように唱えると寂しい価値観に染まっていきます。それよりも、患者の過去・現在・未来を通貫して考えることが顧客満足へと繋がっていくように思えてなりません。