都心の原宿でもオーバーストア現象
3月中旬に原宿の日本看護協会に用事があり、表参道を挟んで協会の前にある表参道ヒルズのパーキングに車を止めて歩いていると、ヒルズ1階路面店舗でテナントを募集していて、「まさかこの場所で?」と、しばらく気になっていました。先だって早慶戦を神宮球場で観た帰りに表参道ヒルズに立ち寄ると、件の店舗は未だ空室でした。私の知る限り、かれこれ3ヶ月以上この立地での空室状態は、ディベロッパーや商業施設のリーシングを知る者にとっては考えられないことで、ディベロッパーにとっては恥と言ってもいい程のことです。
2020年の東京オリンピックを前にして建設業界は活況を呈していますが、表参道ヒルズの状況を知る現在、実はこの活況はオリンピックバブルではないのか、という懸念が頭を過ぎりました。商業施設店舗が歯抜け状態になっていく状況は、およそ5~6年前に首都圏近郊の多くのショッピングセンターで見てきました。その時は、テナント賃貸料を50%前後もプライスダウンしてテナント誘致していたようですが(現在の地方都市近郊GMSの賃料相場は坪単価1万円前後)、表参道ヒルズともなると、ブランドが邪魔してプライスダウンを空室解決の糸口にはできないでしょう。
飲食・物販などの都心中心部での店舗のオーバーストア現象は、原宿だけではなく銀座でも見え隠れしています。銀座2丁目のカルティエの並びの洋服の青山の出店は、オーバーストアをプライスダウンではなく、地域ブランドの破壊によって解決した事例です。このような事例は都心各所で散見するようになってきています。
歯科大学のある地域や政令指定都市での歯科のオーバーストア現象は、開業医の約20%を占める60~70代歯科医師がこの10年で引退・廃業することによって多少は緩和されるでしょうが、人口減少の速度に追いつくものではなく、さらに世帯構成の変化と人手不足から、歯科医院の施設規模の縮小は余儀なくされるでしょう。歯科は例外との幻想を棄て、将来に備える柔軟な思考が求められます。
生産年齢人口に影響を受ける歯科経営
各地域で少子高齢化による人口の減少問題を抱え、生産年齢人口は過去20年で1100万人も減少し、2030年にはさらに720万人も減ると予測されています。そんな中にあって、私の事務所のある東京都文京区は、平成10年を底に人口が増え続けている数少ない地域です。その要因は人口動態を見ると明らかで、25~49歳の若年子育て世帯(=生産年齢)の流入にあります。若年子育て世帯が文京区に流入しているのは、筑波大学附属小学校を初め国立大学附属小学校が3校存在する「お受験」に由来しています。
少子化によってお受験熱が高まった若年子育て世帯が増加し、ブランド力のある公立小学校のある地域は、東京文京区に限らず他府県でも同じ傾向がみられます。(歯科経営を考えるに子育て世帯(=生産年齢)の動向は抑えておくべきポイント)文京区は同じ副都心の渋谷区、新宿区に比べてコンサバティブな地域のため社会変化の顕在化が遅いのですが、25~49歳子育て世代の関心が文京区に集まると、ファミリータイプのマンションや戸建住宅の建設が進み、続いて新たな店舗が増えてきています。この傾向は魚の捕食習性を想像してしまいますが、歯科・皮膚科・小児内科などの医科でも、子育て世代の増加に伴い30~40代の医師の開業へと繋がっていきます。
小型化する店舗と大型化した歯科医院
文京区の新たな店舗を見て気がつくことは、飲食、理美容、介護、コンビニ、医療機関など業種に違わず小型化が顕著なことです。この2~3年で開設した文京区の歯科医院7件を見ても、推定20坪前後の小型な施設ばかりです。
歯科医院とよく比較されるコンビニはどうかといえば、現在54,000店超に達し、1店舗当たりの商圏人口は減少の一途で、完全にオーバーストアな状況です。(コンビニ跡地に歯科を誘致している業者がいますが、適否は別としてオーバーストアな立地であることを前提に考える必要あり)現在、コンビニ業界はマイクロマーケット戦略を推進して、小さな店舗で小さな商圏の市場の寡占化を目論んでいます。その最たるものが、病院や駅ナカなどで設置されている小型店舗やコンビニ自販機です。
銀行も小型化が顕著です。先般、見学してきた「りそな銀行セブンデイズプラザ新宿西口店」は、生き残りをかけて大手銀行もここまでやるのか、と衝撃的な変化でした。通常店舗の1/10の20坪の面積でカウンターは4席のみ、営業時間は平日の営業は午後1時から9時まで、土日は午前10時から午後6時までにして、効率化を極限まで高めることで来店客の減少に備えています。
このように人口減少社会に備えて、あらゆる業種で大型化から小型化へ舵が切られてきています。翻って歯科はどうでしょうか。社会変化の中で「これからの歯科」を考える視点が欠如しているように思います。人口減少による患者減少は必然なこととして、その備えが自由診療か保険診療かの二項対立思考で乗り越えていけるのでしょうか。さらに平成時代に大型化した歯科医院は、その患者数と施設を維持する労働力の確保が新たな課題となることは避けられないでしょう。
労働力の確保と働き方の変化が課題
周知のように日本の人口は2008年ごろから減り続けています。先にも述べたように、とりわけ総人口のうち生産年齢人口の減少が加速度的な現状は、日本全体の経済力・国力も衰えていく可能性が高いことを意味しています。足りなくなる働き手を小規模零細な歯科医院が、いかに確保していくのかが新たな課題です。
現実の歯科医院においても人材確保は、喫緊の課題となっています。これまで働く意欲がありながらも仕事ができなかった人たちや仕事をしていなかった人たちに歯科医院で働き手として加わってもらう必要があります。平成が終わろうとしている現在、歯科医院の経営課題は患者数確保から働き手確保にとって変わったのです。
外国人労働者が就労できない医療機関では、中高年女性の就業率を上げることが基本的な対策です。女性の就業率は、結婚・出産の時期に低下して、育児が落ち着く頃に再び上昇するという特徴があります。ですから未だにスタッフに社会保障を付与していない医院は論外として、女性が育児と仕事を両立しやすい環境をつくれば、意欲と能力のある働き手がブランクなしに歯科で仕事を続けられることになります。
次に着目すべきは、現在、非正規労働者の割合が労働者全体の4割近くに達し、非正規で生計を立てている人も多くいることです。歯科医院も労働力不足を解決するには様々な働き方を受け入れていくことが必要です。望んで非正規でいる人には、副業を認める制度などの整備を、正社員採用がなく非正規でいる人には正社員への道を示すことが望まれるでしょう。
社会の変化に社会制度のリニューアルが追いつかない現在ですが、歯科は小規模零細の強みを生かし、変化する速さで「これからの歯科医院」を構想しなければならないでしょう。