熊谷崇先生に見るリーダーシップ

『プロフェッショナル』『カンブリア宮殿』とTV放映に続き、ついに熊谷崇先生のノンフィクション本が発刊されました。これ程までに社会ネタとして取り上げられた歯科医師は、熊谷先生をおいて他にはいないでしょう。その本のタイトルは『歯を守れ!予防歯科に命を懸けた男』と、ドキュメント番組のようで期待感が高まります。

本著を斜め読みしてみると、歯科医師熊谷崇を知る上で目新しいものはないように感じていました。しかし、改めて熊谷先生が何を考えて行動してきたかを確認しながら本著を読み進めると、歯科医師の器を超えたリーダーとしての熊谷崇像が鮮明に浮かび上がってきます。歯科医師の中からリーダーらしき人を探すのは難しく、さらに真のリーダーを挙げるとなると困難を極めます。それは、優れた臨床家や研究者、小粒なカリスマ的歯科医は数多存在していますが、社会ネタとなる幅を持ち合わせた歯科医師がいないからです。その結果、歯科医師で社会に影響を与えたリーダーとなると、「熊谷先生をおいて他にはいないのでは」と、思いを深くするわけです。

リーダーを選ぶ基準に確たるものはないのでしょうが、私は、「何を成し遂げ社会にどのような影響を与えたか」によって、真のリーダーかどうかが決まると思っています。いくら志が高くどんなに人格が立派でも、道半ばで倒れて何も成し遂げられなければ、真のリーダーとはいえません。真のリーダーは「結果と影響力」が全てだからです。歯科界になぞらえてみましょう。臨床家としても優れ誠実な人柄でも、自院の経営が赤字続きでは、医院のリーダーとして認められることはありません。あるいは、学会の中心的存在でも、社会に対して影響力を持ち合わせなければリーダーとはいえないのです。反対に、技量や言動に多少難があったとしても、何事かを成し遂げて社会に影響力を持っている人は、真のリーダーとして評価されるのです。

熊谷先生はどうでしょうか。歯科界で予防歯科の概念を一新し、予防歯科の潮流を確たるものとしたことには異論を挟む余地はありません。さらに前述したようにマスメディアにとりあげられ、広く社会に影響を与えている歯科医師として唯一無二な存在です。また、歯科医師としての力量に加えリーダーとしての魅力が、各界の人を惹きつけてやまない事実からしても、熊谷先生が真のリーダーであることは明らかなことです。

歴史上のリーダーは、たいてい過去のリーダーのなし得たことを実によく学んでいたように、熊谷先生も北米やスカンジナビアの歯科データや先人の成功事例をロールモデルとしてよく学んでいます。その学びは理念となり、自院の患者から地域へ、歯科界から社会へと広まっていきました。そして最近では企業の健康経営と結びついて、大手企業にまで広がりを見せています。本著では酒田市の成長企業(株)平田牧場の社長とのやりとり、ITサービス国内首位の富士通の武久氏との取り組みが描かれ、他業界の人を巻き込んでいく様からも熊谷先生のリーダーとしての真骨頂が伝わってきます。

最後に本著では深く掘り下げられていませんが、リーダーのカリスマ性だけでは国が長続きしないのと同様に、歯科界から社会へ流れ出た予防歯科の潮流も熊谷先生のカリスマ性と力量だけで成し得たわけではないことを付言しておきます。熊谷先生を慕う山形県の有為な歯科医師たち、日吉歯科を巣立っていった俊英な勤務医たち、全国の意欲的な歯科医師たちといった取り巻きが、ある種のボランティア組織となって予防歯科の潮流をつくり、熊谷先生の言動が社会に影響を与えるまでになってきたのだと思います。

著名な歯科医師を取り巻く集団をいくつか知っていますが、熊谷先生の集団の歯科医師は、「誠実・知性・夢」この3要素を他の集団の歯科医師に比べて格段に高いレベルで持ち合わせています。その一例として、本著にアップルデンタルセンターの畑先生が描かれています。しかしその反面、前述した3要素が高い集団だけに、離脱していく歯科医師も少なくないことは事実です。それにも関わらず、「世界水準の歯科医療で患者利益を追求する」という目的を達成するために、優秀な歯科医師がボランティア組織化して「誠実・知性・夢」といった規範性の高い集団を形成していくのです。その集団のリーダー熊谷先生の考えと行動は、歴史書の中のリーダーを見るような思いにかられます。

本著は熊谷先生の達成してきた「結果」を縦軸に、その「影響」の広がりを横軸にして、リーダーシップ論として読むのも一興かもしれません。