「医院は手抜きで満ちている」と、感じている院長は多い。一旦スタッフがサボっていると思い込んだ院長は、どんどん疑心暗鬼になり、組織崩壊まで行き着くケースさえあります。スタッフへの過剰な期待が、院長の心をかき乱すのです。スタッフに接するときの肝は、最初は60点程度で目をつぶることです。良く知られている「2・6・2」の法則があります。どんな組織でも、良く働き優秀な集団が2割、普通の集団が6割、仕事をしない不良な集団が2割といわれています。不良集団の2割は不測の事態に備えた遊軍と考えることです。マネジメントする立場の院長にとって、目をつぶることは大切な技術なのです。不良集団の2割を戦力にしようとするよりも、“腐った林檎”となり組織全体が腐敗しないように段階的に手抜き対策を実践することがスタッフマネジメントの技術です。
処方箋1~手抜き人材の傾向を知る~
歯科医院でのスタッフ採用は、面談と職務経歴書で行うことがほとんどです。要は勘に頼った選考です。これでは手抜き人材を排除することは難しいでしょう。手抜き人材は「勤勉性」「協調性」「共感性」が低い傾向があると言われています。このような性格特徴、能力、職務適応性などの判断材料を面接だけで判断するのは経験の浅い院長ほど難しいものです。そこでリクルート社の適正検査テストSp13 などは、人材判断のデータサイエンスとして1名から利用できるため歯科医院でも活用するといいでしょう。クライアント先の中規模歯科医院6件で、Sp13を実施したところ、すべての院長が採用後に感じていたスタッフ個々の特性を客観的に示しているとの評価を得ています。
処方箋2~罰を与える時は能力を見極める~
「罰を与える」ことが、スタッフの不良行為を防ぐのには効果的と思っている院長も少なくありません。しかしそれは罰を与えるスタッフのレベルによって効果が違ってきます。学習習慣がなくパフォーマンスの低い人材には、努力評価の罰が効果的に作用します。一方、能力と自尊心の高い人材にとって、努力評価の罰は不安や無力感、疑念などのネガティブな情動を触発し、意図しない悪い結果をもたらす傾向があります。能力と自尊心の高い人材には成果評価の罰が効果的です。スタッフ個々の能力とは無関係に与える罰は、組織全体のモチベーションを下げる結果になってしまいます。採用の段階で能力の標準化を図れない歯科医院では、スタッフ個々の能力を把握して罰を与えることが鉄則です。
処方箋3~全体評価だけでは“できるスタッフ”が腐る~
運動会の綱引きは経営の綾を表しています。自分は力一杯頑張っているのに、いつの間にかズルズルと引かれ負けてしまったり、逆に自分は適当にやっているのに、グイグイと引き寄せて勝ったりします。このように綱引きは個人の貢献度が見えない競技です。歯科医院経営も綱引き状態の場合が多く、個人の貢献度を可視化しづらいのです。この状態が続くと、一生懸命なスタッフのモチベーションは下がり、手抜きスタッフがはびこる組織になります。そのため歯科医院の中で個人がどの部分を担っていて、全体の目標達成にどの程度貢献できたかをわかるようにする内発的動機を高める仕組み作りが必要です。
処方箋4~スタッフ数と売上は比例しない~
1人の引く力が10kgの人が10人集まれば合計の引く力は100kgになるはずですが、10人の集団で引く力が90kgにしかならないケースがあります。リンゲルマン効果といわれ、集団全体のアウトプットが個人のインプットを加算したものより少なくなり、集団が大きくなるほど両者の差が大きくなることを明らかにした社会実験です。スタッフを増やしても、残業時間も減らず売上も上がらないことは、歯科医院ではありがちなことです。医院の中でリンゲルマン効果が発生しているのです。リンゲルマン効果が発生するメカニズムは、1)自分以外の誰かがやるだろうという動機の低下 2)仕事のチームワークや引継ぎの不全、綱引きでいう「オーエス」というかけ声を出すタイミングのズレが発生。このような医業収入の低下の大部分は、スタッフ個々の無意識のメカニズムに基づいているため、売上の低下や手抜きの存在を組織全体に意識化させることが必要です。
処方箋5~集団目標を叩き込む~
歯科医療サービスの質を右肩上がりにしていくには、メインテナンス率の設定や5Sから顧客満足の達成など医院全体の目標設定をする必要があります。活力がみなぎっている歯科医院は、医療者だけの力量を測る目標ではなく、医院全体の力量を測る目標が設定されているケースがほとんどです。全体目標を設定することで、歯科助手・受付の目線を上げ、医院全体が上方比較する集団になるのです。反対に全体目標がない医院は、スタッフ同士の下方比較が始まり、コ・デンタルスタッフが“腐った林檎”になる土壌を抱える傾向があります。
処方箋6~リーダーシップの型をつくる~
リーダーシップには、「業務処理型」と「変革型」に分けることができます。業務処理型のリーダーは、スタッフが高いパフォーマンスを示せば多くの報酬を与え、不良の場合はペナルティーを与えるといった外発的に動機を高める手法で組織をマネジメントしていきます。変革型のリーダーは、スタッフの内発的動機を高め、将来を見通してさらに高い目標に向かっていく組織づくりに向いています。そのためには、院長自身がスタッフの尊敬を集める言動と結果が求められ、スタッフを鼓舞してやる気を引き出し、スタッフの創造性や知的な面を刺激する、時には個々のスタッフを思いやる姿勢が求められます。早い時期に、院長は自分のリーダーシップのスタイルを確立することです。
処方箋7~“腐った林檎”の早期発見早期処置~
不良スタッフが1人でも出たら直ぐに排除することです。箱の中の一つの林檎の腐敗は、より悪質で連鎖的な腐敗を招きます。歯科医院の集団サイズによりますが、下方比較するスタッフが全体の1/3を超えてしまうと、その医院は手抜きで満ちて、顧客満足どころか通常の業務さえおぼつかない状況になります。“腐った林檎”を見つけたら、早期に取り除かなければなりません。その時は、いきなり解雇するのではなく、不良スタッフと話し合い、訓告などを重ねコンプライアンスに準じて進めることは言うまでもないことです。この時忘れてならないことは、他のスタッフも院長の対応の仕方を観察しているということです。