日吉歯科診療の勤務医をしていた幡野先生が、静岡市の駿府城のお堀端で5月9日開院しました。
医院名は「このは歯科医院」http://www.223-ohc.comです。
開院前の4月下旬、幡野先生の陣中見舞いに向かう車中で読んでいた日経新聞「大機小機」の「教育国債の摩訶不思議」の解説文に、少し引っかかりを覚えましたので引用してみます。
「戦争もない平和な時代に日本は借金をここまで積み上げてきた。少子高齢化が原因といっても、それは急におこったわけではない。時間があったのに、ほとんど何の対策も取られなかった」とあります。
駿府城公園のお堀
この一文、どなたも自らを省みて、思い当たる節はあると思います。
歯科界もそうです。
50年後まで見通した将来人口推計で人口減が明白で、社会保障の危機をわかりながらも、歯科医師数を増やし続けてきたわけですから、無策の謗りを免れないでしょう。
開業する歯科医師も同様です。
ほとんどの地域で患者減少がわかりながらも、従来通りの開業をする思考停止。
修復補綴処置が少なくなったと感じながらも、従来通りの診療を続けている頑迷さ。
転職率の高い年齢の女性スタッフを抱えていながらも、事が起きるまで対策を打たない優柔さ。
歯科医師に限らず、優秀とされる日本の官僚ですら、将来起きると予測される社会問題に対して、平穏な時には何も対策を取らないのですから、人は往々にして不穏な動向を考えたくないものなのでしょう。
我が身に危機は起こらないと信じたいのかも知れません。
しかし、祈りのような先送りを続けていては、展望は開けていきません。
どうしてこのような決断の先送りは起こるのでしょうか。
物事を決断する「知識」と「思想」が無いからだと思います。
リーダー(歯科院長)には、情報・知識・思想が必要です。
日々の出来事である「情報」、情報がある程度、整理・普遍化された「知識」、それらを素材にした大きな方針である「思想」。
これらを獲得、更新するためには、歯科医師は学生時代、勤務医時代をいかに過ごすかが重要と思います。
SNSの普及により、熟慮したものでなく思いつきの情報が氾濫している時代。「情報」が「知識」「思想」まで修練されることなく、小手先の方策で将来展望を図る歯科医師が増えたように感じます。
「情報」を取捨選択して「知識」に、そして「知識」を反復して「思想」にまで修練した歯科医師を社会が必要としていることを、業界外の人と会うたびに感じています。
幡野先生、社会に求められる歯科医師としての成功を祈ります。
幡野先生(左)と伊藤